六.用無し

 元の牢に戻ったのはそれから二日ほど経ってからだった。その間はずっと兵士たちに監視されながら、優男の下で魔法の訓練をしていた。だが結局、一度も魔法は発動しなかった。俺に才能がないのか、それとも異世界の人間は魔法が使えないのか。躾けに比べればマシだが、こう何度も失敗と落胆を繰り返すのも精神的に応えた。


「お疲れのようだね」


 俺がベッドに倒れこむと、向かいの牢から声がした。相変わらず灯りはついていないが、人の気配を感じる。


「リタ、戻ってたのか」


「ああ、昨日の夜にね。それで、何かあったのかい?」


「魔法の訓練をさせられてたんだ。結局できなかったけど」


「それは大変だったね。ちなみにどの系統の術かな?」


「魔導術ってやつらしい。一番簡単らしいんだけど、駄目だった」


「魔導術は魔法の基礎だからね。どんな種族でも使うことはできるとされてるけど、やはり個人差はある。フェルだって魔法はほとんどできないんだよ」


「へえ、そうなのか」


 反応がないということは多分フェルは今いないんだろう。ひどい目にあっていなければいいが、正直他人の心配をする余裕はなくなりつつある。


「符号術は試した?」


「あ、ラヴもいたんだ。いや、試してないよ。というかそういう系統っていくつあるんだ?」


「全部で四つ。魔導術、符号術、錬金術、血統術。僕が使えるのは魔導術と錬金術」


「血統術っていうのは初めて聞くな」


「血統術は一部の特殊な生物しか使えない。代表的なのはドラゴンや吸血鬼」


「え、てことはリタなら使えるのか」


「いかにも。ただし人間の血を吸う必要があるけどね」


「な、なるほど……」


「吸血鬼の魔法は強力。条件を満たせば一時的にドラゴンを上回ることもできる」


「やっぱりドラゴンって強いのか」


「ドラゴンは生態系の頂点。魔力だけでなく、その凄まじい膂力と獰猛な気性は他を圧倒する。人間社会においても、その存在は強さの象徴として捉えられてる」


「一回でいいから見てみたいな。どの辺にいるんだろ」


「主に山岳地帯や砂漠に生息しているよ。僕も実物を見たことはないけど。この近辺で可能性がある場所としては——」


「ラヴ、いいかい?」


「……あ、うん」


「少し話を戻すよ。人間の血さえあれば、私は強力な魔法を使うことができる。ここまではわかったかな?」


「あ、ああ」


「実際にやってみるまでは私にもわからない。……ただ、ここに張ってある結界を壊すには、それしか方法がないというのが私たちの結論だ」


「でもどうやって血を手に入れるんだ?」


「兵士を襲うのは無謀だ。今の私は力を抑えられてる……まず勝ち目はないだろう」


「僕やフェルの血でも駄目だった。純粋な人間の血じゃないといけない」


「……ということはつまり」


「君ならいけるかもしれない。見た感じ人間と変わらないしね」


「リタならどうにかできるっていうのは、こういうこと」


「やっぱりそうなるよな……」


「気乗りしないのは私にもわかるよ。だけどあまり迷ってる時間はないかもしれない」


「というと?」


「王は飽きっぽい。……捨てられた奴隷、何人も見てきた」


「王の期待に応えられなければ、売り飛ばされるか最悪処刑だ。あの王が男の奴隷を寵愛するとも思えないし」


 正直、思い当たる節はいくつもある。結局魔法も使えなかった。確かにこのままではまずいかもしれない。


「一応聞いとくけど、もし他のところへ売られたとしたら、その先どうなるんだ?」


「体力は獣人以下、魔法も使えないし、知識もない。奴隷としては最下層。劣悪な環境で使い捨てにされる」


「……厳しいようだが、これが現実だ。奴隷である限り私たちに自由や未来はない」


「……そうか」


 ここに来て数日しか経っていないのに、早くも決断を迫られることになった。吸血鬼に血を捧げるか、奴隷として運命に身をゆだねるか。まだ選択肢があるだけましな方かもしれない。そうであるならば、俺は。


「リタ。俺の血、あげるよ。君には色々助けられたしね」


「……ありがとう。私も全力を尽くすことを誓うよ」


「計画の実行はフェルが戻って来てから。四人揃ったタイミングで、具体的な作戦を説明する」


 覚悟は決まった。後は彼女たちを信じるだけだ。




「……眠った?」


「ああ。相当疲れていたようだね。彼には今のうちにしっかり休んでもらわないと」


「リタ。……約束のこと、覚えてる?」


「もちろんだよ。フェルもきっとそうだろう。このチャンスを逃すわけにはいかない。その思いは皆同じはずだ」


「僕はリタともフェルとも別れたくない。皆で一緒にいたい。二人は初めてできた友達だから」


「……ありがとう、ラヴ。私もそうだよ、皆で一緒にいたい。でも世の中は思い通りに行くことばかりじゃない。だから私たちはここにいる。そうだろう?」


「……うん」


「大切なのは忘れないこと、思いを引き継ぐことだ。……どんな結果になっても私は二人を忘れたりしないよ」


「僕も、絶対忘れない」


「さあ、私たちも休める時に休んでおこう。フェルがいつ戻ってくるかわからないからね」


「わかった。おやすみ、リタ」


「ああ、おやすみ」

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