五.魔導術

 檻に被せられた布が取り払われる。そこには昨日と同じように王がふてぶてしく玉座に座っていた。檻のそばに立つ男が俺を睨みつける。俺は教わった通り深々と頭を下げた。


 はっきり言って屈辱だ。耐えがたいみじめさを感じる。だが歯向かったところで何にもならない。感情を押し殺して耐えるしかなかった。


「どうじゃ、うまくいったか?」


「は、どのような質問をなさっても結構です」


「うむ。では、そうじゃな。まずは——」


 王の質問はすべて、昨日男が想定した範疇のものだった。俺はただ反射的に昨日叩き込まれた答えを返すだけでよかった。正直かなり話を盛っている部分もある。だが大切なのは真実を伝えることではなく、王を喜ばせることなのだ。このおっさんの機嫌一つで、いとも容易く人の生死が決定される。一時間ほど経ったあたりで、王は次第に飽きてきたようだった。


「しかし異界の民だというのに、まことに特異な力を一つも持っておらんのか」


「はい、申し訳ございません」


「魔法も使えぬのか?」


「それは……」


 この質問は想定外だ。男の方をチラリと見る。男は一瞬ばつが悪そうな顔をしたが、すぐに王に向き直った。


「お言葉ですが陛下、いくら軟弱な奴隷といえど魔法を扱わせるのは危険にございます。ましてこの者は異界の民、何が起こるか想像もできません」


「だからこそ尚更何が起こるか見てみたいのじゃ。檻を開けよ。この者に魔法を使わせてみるのじゃ」


「は、はい! 直ちに!」


 部屋の隅で待機していた兵士たちが慌ただしく動き始めた。男は落ち着かない様子で檻のそばをうろついている。五分ほど経っただろうか、檻が開けられ外へ出るよう指示された。男のそばには長身で色白の優男がおどおどした様子で立っている。


「いいか、妙な真似をしたら命はないぞ」


 男が小声で耳打ちをした。そして隣の優男に目配せをする。優男は小さく頷いてから一歩前に進み出た。


「い、いいかい? 今から君に初歩的な魔法を教えるよ。け、系統としては魔導術と呼ばれる魔法だ。一定以上の魔力があれば誰でも扱える……。ま、まずはこの杖を持つんだ」


 そう言って優男は自分の持っていた杖を俺に渡した。細いが不思議な質感のある杖で手になじむ感じがする。


「次は目の前の空間、そこにある大気に意識を集中させるんだ。そ、そして力が高まるのを感じたら、こう唱えるんだ。『風よ、吹き荒れろ』と。それで魔法が使えるはずだ。その杖は一級品だから、ち、小さな竜巻くらいは作れるはずだ」


 どうやらラヴが言っていたのとはまた違った種類の魔法らしい。まったく自信はないが、とりあえず言われた通りやってみるしかない。目を閉じて意識を集中させる。変化はすぐに表れた。


 杖と自分の腕が一つになったかのような、不思議な感覚がする。そして体の奥から今まで感じたことのない何かが溢れてくるのがわかる。多分これだ。今なら、できる。


「風よ、吹き荒れろ」


 しかし何も起こらない。まだだ、もう一度。


「風よ、吹き荒れろ!」


 またしても何も起こらなかった。おかしい、確かに感覚はつかめているのに。誰かのため息が聞こえた。


「もうよい、さがれ」


 王が退屈そうに言った。そう言われてしまった以上は引き下がるしかない。俺は再び檻に入れられ、王は去っていった。優男は相変わらずおどおどした様子で何やらブツブツ言っている。躾け役の男はニヤニヤしながら檻に近づいてきて、吐き捨てるように言った。


「無様だな、異世界人」


 布の被せられた檻の中、俺はただ呆然とするほかなかった。

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