第24話 家政"夫" はじめての家出

 康太は、いつも通り家事をこなしながら、京介の仕事部屋のドアを何度も見る。

 それもそのはず。

 今朝の朝食の時間に、京介は、


「母さん、高柳さんへのプレゼントどこ?あとから持っていくよ」


と言い、和子が用意した寧々への誕生日プレゼントのブローチを手にしているからだ。

 現在の時刻は午前9時。

 京介が寧々のところへ行く時間になっていた。


 もう、康太は京介がいつ寧々のところへ行くのか気が気でない。


 そして、京介の仕事部屋の扉が開いた。

 京介が出てきた。

 手にはネックレスの入った宝石店の袋がある。


「ちょっと出てくる。帰りはいつになるかわからない。

 10時も、昼飯も俺のことは気にしなくていいから」


 康太の顔も見ず、車の鍵を持って出て行った。

 どうやら車で寧々を学校まで送る気なのだろう。

 康太の目から涙が溢れる。


  京介さん……京介さん……京介さん……

  どうしよう……どうしたらいいんだ……

  どうしよう……京介さんがいっちゃった……

  僕はどうしたらいいんだ……



 康太はふらつき、壁にもたれる。

 ふと、海斗の顔が浮かんだ。名刺を持ち、飛び出していった。



 康太は5階へと降りたが、505号室は留守だった。

 外に出て数軒向こうまで歩いてみる。見つからない。

 反対の道へと歩いてみる。


 細い道の向こうに、幼稚園か保育園かのような建物がある。

 よく見ると入り口に『さくら園』と書かれていた。


「ここだ。」


  中に入ると、子供達が元気よく遊んでいた。みな笑顔で楽しそう。

 後ろからツンツンと突かれた。振り返るとそこには5歳くらいの男の子がいた。


「おきゃくさん?」

「あ、こんにちは。うん、そう。お客さんです。えっと……

 園長先生はいますか?」

「えんちょうせんせい?てだーれ?」

「えっとー……こまったな」


「家政夫さん?」


呼ばれる声がする方を見ると、海斗がいた。


「落合さま!よかった。会えた。」

「どうしたの?…………奥で話そうか。」

「はい……」



 園長室に通してもらえた。

 海斗がココアを入れて持ってきた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「どうした?京介となんかあった?そんなに目を腫らして」

「……………………」

「話したくてきたんじゃないの?まぁいいや。話したくなったら話せばいいよ」


 海斗は園長席に座り、仕事を始めた。


「落合様はどうして児童施設で働いてるんですか?」

「あぁ、ここはね僕の家なんだよ。継いだんだ。」

「そうですか……。えらいですね。

 それは親御さんはさぞお喜びでしょうね。」

「さぁ、ま、喜んでるとは思うけど。

 ん?俺のことを知りたくてきたの?」


「いえ…。

 初めて、京介さんに怒られたんです。もうダメかもしれなくて……

 誰にも相談とか出来なくて……ツラくて……悲しくて……

 気づいたら海斗さんの名刺握って、園を探してました……」


「嬉しいね。俺のこと思い出してくれて。

 しかしあんなに仲良さそうだったのにどした?」

「わかりません。もう戻れないかもしれない……京介さんはもう

 もう……

 寧々さんのところに行ってしまったんです……。」


涙が溢れてきた。


「……僕は、きっとまた1人になってしまうんです……」


海斗はそれ以上は何も聞かず、ただただ横にいてくれた。


「今日はしばらくここにいればいいよ。

 僕から言えることは、ひとつだけ。

 京介は、簡単な覚悟で君を選んでないはずだよ。

 流されてとかそんなんで人と付き合ったりなんてしない。

 そりゃ、学生時代に好きでもない人と付き合ったことはあるけど、

 どれもお互い不幸になるだけだったってわかったんだ。

 だからあいつは、もう、本気になれる相手じゃないと付き合わないって決めてた。


 どんなに見合いしても

 どんな人にあっても、誰にもなびかなかった。

 そんなあいつが、君を選んだんだ。


 そんなあいつが君を簡単に手放したりなんてしないよ。

 なんて言った?誰って?ねねさん?

 そんな人の名前、俺に言ってきたことは一度もない。

 あいつからの話はいつも、君のことばかりだ。


 羨ましいくらい、あいつの頭の中は君だけだよ」


「落合さま……」


「俺さ、思ってたことあるんだ。

 家政夫さん、あの家に来てどれくらいだっけ?3ヶ月くらいか?

 たったそれだけしか一緒にいてないのに、もうこんな関係になって大丈夫だろうかって、急ぎすぎてて、心が追いついているかな?て気になってたんだ。

 家政夫としてきて雇用主と恋愛関係になるのってかなりハードル高かったよね?


 きっと今、2人に必要なのは時間なんじゃないかな?

 お互いを冷静に、愛する時間が必要なんじゃない?


 一緒にいる時間が長くなればなるだけ、

 信用が生まれると俺は思うな。


 さぁ、せっかく園に来たんだから、しっかり見学しておいでよ。

 子どもたちも客人大好きだからさ」


 海斗は康太の頭を撫でて、仕事に戻った。



 康太はゆっくりと、施設の中をまわっていた。

 たくさんの子供達の笑い声がする。

 トランプで遊ぶ子たち、遊具で遊ぶ子たち、勉強する子に、キッチンの手伝いをしている子もいる。

 誰もがみんな、1人ではなく複数人で楽しそうに過ごしていた。


  みんな1人じゃないんだな……



「コウタ!」


 廊下を歩いていると後ろから呼ぶ声が聞こえた。

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