第22話 家政"夫"と花のブローチ

「京介さんのそばに…… 一緒にいたい……」


 康太はまだ不安がっていた。

 京介は急ぎの仕事があるとかでパソコンに向かう。


 いつもと違うのは、京介が仕事をしているその膝の上に康太の顔があるのだ。

 まだ不安感のある康太はすっかり甘えん坊。


 少しでも離れた瞬間、彼女が来そうで怖いのである。

 こういう環境で仕事がしたかった京介は念願が叶って嬉しいことだらけ!


「京介さん……」

「ん?なーに?」

「キスして……」


康太にキスをする。

そして康太は膝枕状態に戻っていく。


 このくだりを数分おきにかれこれ数十回繰り返していた。

 しかし、寧々と外で何を話していたかは聞かない。知りたくないわけではないがとてもじゃないけど怖くて聞けないのである。




「……さーん、こうたさーーん」


和子の声がする。

慌てて康太は起き上がり部屋を出る


「はい!和子様、なんでしょう?」

「明日誕生日の方がいらしたの、今から買いに行くからご一緒してくださらない?」

「はいかしこまりました。着替えだけしますのでお待ちください」


京介の部屋に和子が入ってきた


「京介さん、なので今日は銀座で夕飯を買って帰ります。いいかしら?

 それじゃ待っててくださいね。」


 京介はうなずきながら、見送りのために出てきた。

康太は先日、京介に買ってもらった服を着てきた。


「あら康太さん素敵な洋服ね!エスコートしてくださる?

 なんだか嬉しいわ。さぁいきましょう。」


和子は康太と腕を組み出て行った。

京介はそんな、2人を笑顔で見送り仕事に戻る。



2人は和子が行きつけの宝石店へ。


「康太さん、明日の誕生日のかたってね、実は寧々さんなの。

 京介からプレゼントを渡させようと思って。

 ほら、あの子に買いに行くように言っても絶対無理でしょ?

 だから私が買っといて、あとは渡すだけにして、京介に託そうと思うの。

 ここまでしたらさすがに渡してくれると思わない?

 もちろん送り主は京介ってことにしてね。ね?いいでしょ!

 さーて、寧々さんにはどんなものがいいかしらね?」


 腕を組んだ状態で品物を物色する和子。

 寧々へのプレゼント……。京介から寧々への……。

 康太は今すぐにでも帰りたいがそれは出来ない。腹を括り、和子の買い物に付き合うことにする。

 そう、こればかりはどうしようもないのだ。


 店員が声をかけてきた。


「若林様、今日はとても素敵な男性をお連れなのですね。

 こちらのかたは恋人ですか?」


和子と康太は目を合わせ笑う。


「そんな、恋人なんて言ったら康太さんの恋人に申し訳ないわ。

 彼はね、うちに今来ていただいているお手伝いさんなの。

 可愛くて素敵でしょ?

 もう私大好きでね、とても素敵だから連れてきたの。

 うちの子にしたいくらいよ。」


康太はその発言を聞き照れる。


  うちの子にしたい…

 京介さんとのことを知っても思ってくれるだろうか

  そんなわけ無いよな……

  和子様は、寧々さんと京介さんを……


「しかし、本当にイケメンですね。恋人とかいらっしゃるんですか?」


店員は聞いてきた。


「私も聞いたことなかったわね。どうなの?」


和子からも聞かれ返答に困り、出た言葉は


「秘密です…… さ、商品を選びましょう。」



 プレゼントは、花の模様をモチーフにしたブローチに決まった。とても可愛らしいものだ。あの可憐な寧々にはピッタリだ。

 そんなものを、和子が買ったとはいえ京介からプレゼントされる寧々に対して羨ましくて仕方がない。

 その思いがバレないように必死で隠しつつ、アクセサリー店を出た2人は、和子の他の買い物にも付き合う。夜には行きつけの店で夕食をテイクアウトで用意してもらい、マンションへと帰ってきた。


「和子様、僕は荷物を下ろしたりしてから上がりますので、お先に上へどうぞ。」


 マンション前までハイヤーに送ってもらったところで、先に和子だけ降りてもらった。その後康太はゆっくりと荷物を全て下ろしてエレベーターホールまで行き待っていた。


 すると、後ろから高柳寧々が康太に向かって走ってきた。


「康太さんだ!康太さーん!嬉しい会えるなんて思ってなかった。

 よかった。会えて。」


寧々は綺麗なイブニングドレスを着ていた。何かのパーティーにでも行ってたようだ。


「康太さん、若林さんから聞いてくださった?」


康太にはなんのことか分からず、首をかしげる。


「えー?聞いてないんですか?もう……頼んだのに。

 今日の午前にお家を訪ねてたのは、若林さんに、

 『来週から康太さんをお借りしたい』

 ってお願いにあがってたんですよ。

 で、承諾をいただけたので、てっきりもうお話ししてくださってるとばかり思ってました。

 もう!若林さんったら早く伝えて欲しかったのに。

 でもよかったわ。今直接お会いしてお願いできて!


 康太さん、よければ来週よりお時間くださらない?私、康太さんとたくさんお話がしたいの。教わりたいこともたくさんあるの。

 ね?康太さん。なのでお時間私にくださらない?」



「………………??

 僕の時間をですか?……京介様じゃなくて?」


「若林さんじゃダメよ。たった3ヶ月で若林さんの家族から、家族同様に愛されてる康太さんに、教わりたいの。

 どう?ダメかしら?」

「僕は家政婦協会から来てるので勝手なことは……」


「わかってる。手続きとかも必要かしら?まぁ、少し考えてみてお返事もらえるかしら?」

「はい。規則もありますのでその辺も調べて後日返事をさせてください。」


 2人、エレベーターにのる。8階で寧々は降りて行った。

 1人、エレベーターに残り寧々に対してのドロドロした感情がまた溢れてきて、吐き気に襲われていた。


  京介さん……京介さん……京介さん……

  僕はどうしたらいいのですか?

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