第6話:プロポーズ

 それから一週間後。


「ステラ様。エラという女性の所在がわかりました。情報が名前だけでしたので、個人には絞れませんでしたが」


「ご苦労様。ありがとう。では早速、絞ったところを片っ端から探しに参りましょう」


「今ですか」


「ええ。今すぐ。準備なさい」


「……はい」


「あからさまに嫌そうな顔しないの。行きますわよ」


 ステラはルクスを連れ、エラの家に馬車で向かいました。


「……本当に彼女を婚約者になさるおつもりで?」


「もちろん。わたくしが欲しいものは手に入れないと気が済まない性格だということはあなたも知っているでしょう?」


「昔から、あなたのわがままには振り回されてばかりです。ですが……今回ばかりはお礼を言っておきます。あなたのおかげで俺はもうエトとの関係を隠す必要なくなりましたから」


「ふふ。知っていますか?巷では最近、同性同士の恋愛小説も増えているのですよ。同性愛も異性愛も同じ愛に変わりはない。国民の間では、それが常識になりつつある。一部の頭の固い貴族のせいで国民の幸せが脅かされるなどあってはなりません。……なんて、綺麗事を言ってみましたが、結局は自分のためです。男性を愛せない自分を肯定してほしいだけ」


「でしょうね。あなたはそういう人だ。だけど、あなたのわがままはいつも結果的に誰かのためになる。だから憎めないんですよね」


 はぁ……とルクスがため息をついたところで、馬車が止まりました。ルクスは先に馬車を降り、ステラに手を差し伸べます。その手を取り、ステラが馬車を降りると、すれ違った通行人達は次々と足を止め、エラという女性が住む家の前にはあっという間に人だかりが出来ました。


「お、王女様!?」


 家主は王女の姿を見て驚きました。


「先日の舞踏会でわたくしと踊ってくださったエラという女性を探して、エラという女性が住む家を片っ端から見てまわっていますの。エラさんはどちらに?」


「呼んで参ります」


 呼ばれて出てきたのは、十代前半と思われるあどけない少女。ステラと踊ったエラはもう少し大人びていました。


「あら可愛らしい。ですが、人違いのようですわね。ご協力ありがとうございました。ルクス、次」


「はい。申し訳ありません。ご協力ありがとうございました」


 ステラは確認だけするとすぐに次の家へ向かいます。それを繰り返し、数日に渡りエラを探し続けました。エラという女性を探しているという噂はすぐに広まり、自ら「あの時踊ったエラは私です」と名乗り出る者も居ました。しかし、エラの本当の姿を知っているステラはそう簡単には騙されません。


「王女を騙そうだなんて、いい度胸ですわね」


「す、すみませんでした!」


 そしてステラは、一週間探し続けてようやく最後の家に辿り着きました。


「エラ、隠れなさい」


「えっ」


「あなたみたいな小汚い娘、王女様に会わせるわけにはいかないわ」


 王家の馬車が家の前に止まったことに気づいた継母はエラを屋根裏部屋に押し込み、外側から南京錠をかけ、ステラ達を迎えました。


「わたくし、エラという女性に用があってきましたの。先日の舞踏会でわたくしと踊ってくださいった女性です。こちらに住んでいらっしゃると聞きましたが」


「いいえ。うちの娘はこの子達だけですわ。エラという子はおりません」


「おや? そうなのですか? では、エラという名前のメイドを雇っていたりはしませんか?」


「いいえ」


 エラの継母は、実はエラが生まれる前からエラの父親に恋をしていました。しかし、彼はエラの母親と結婚し、継母の恋は叶いませんでした。彼女がエラを嫌っているのは、かつての恋敵の娘だったからだったのです。継母の実娘じつじょう——エラの姉——達はそのことを知りませんが、エラの母親が嫌な女だったということを母から擦り込まれていたため、嫌がらせに加担してしまったのです。実際にはエラの母親は誰からも愛される素敵な女性でした。姉達も薄々、エラの母親が嫌な人間ではない可能性には気付いていましたが、それでも自分の母を信じていました。


「うちにエラという娘はおりません」


 エラは床に耳を押し当て、下から聞こえてくる会話に耳を澄ませます。


(……これで良いんだ。私は王女様に相応しくないから……)


 エラがそう諦めかけたその時でした。ちゅー。と、ネズミの鳴き声が聞こえてきました。エラは驚き、悲鳴をあげてしまいます。その悲鳴は下の階にいるステラ達にも聞こえるほど大きなものでした。


「……あら。今何か聞こえましたわね」


「上からですね」


「ネ、ネズミか何かいるのでしょう」


「へぇ。ネズミですか。女性の悲鳴のようにも聞こえましたが」


「本当にネズミかどうか確かめさせていただきますわね。行きますわよ。ルクス」


 ドタドタと階段を駆け上る音が近づいてきました。エラは身体を丸め、息を潜めます。


「あら。この部屋には鍵がかかっていますわね。奥様、ここは何の部屋ですの?」


「……ただの物置ですわ」


「開けてもらえますかしら」


「申し訳ありませんが、鍵は無くしてしまったので……」


「ふむ。では、扉ごと破壊しましょう」


「は? 破壊?」


「大丈夫。後でちゃんと弁償しますわ」


(嘘でしょ!?)


 ステラの衝撃発言に、エラは思わず声をあげそうになり、慌てて口をつぐみます。


「ちょ、ステラ! 流石にそれは「てやあっ!」


 ルクスが止めますが、ステラは扉に思い切り蹴りを入れました。すると古くなっていた木の扉には簡単に穴が開き、そこから光が差し込みました。


「王女様……」


「見つけましたわよ。エラ」


「なんで……」


「それはこちらの台詞です。奥様、何故彼女を監禁していたのです」


「……私の娘はこの子達だけ。そんな小汚い娘、知りませんわ」


「……話は城で聞くと致しましょう」


 エラの継母は、エラを監禁した容疑で逮捕しました。エラに対する虐待も明らかになりましたが、エラの意向により、すぐに釈放されることとなりました。


「私を庇うなんて。あなたのそういうお人好しなところ、ほんとあの女にそっくりね。あの人が愛したあの女に。その綺麗な顔も。まるで生き写しだわ。あぁ、憎たらしい。憎たらしくてたまらない。あなたが居ると、私はどんどん惨めになる……」


 継母は、全てエラの母親に対する嫉妬心からやったことだと自身の罪を認め、姉達と共に謝罪をしました。エラは謝罪を受け入れ、継母達を許しました。


「よろしいのですか?エラ」


「……罪を憎んで人を憎まず。それが母の教えです」


「そうですか。では、帰ってよろしい。ルクス、送って差し上げなさい」


「はい」


「ありがとうございました。王女様」


 継母達と一緒になって帰ろうとするエラですが、ステラは彼女を引き止めました。


「お待ちなさい。あなたには個人的にお話したいことがあります。残りなさい」


「……はい」


 ステラはエラを連れて自室に戻ります。そしてこう言いました。


「単刀直入に申し上げます。エラ、わたくしはあなたに婚約を申し込みます」


「……お断りします。私は王女様には相応しくないので」


「そう言うと思いました。では、言い方を変えましょう」


 こほん。と咳払いし、ステラは立ち上がり言いました。


「ステラ・フォン・グラジオラスの名において命じます。エラ、わたくしの婚約者になりなさい」


「な……それはずるくないですか……!?」


「わたくし、わがままですの。欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れたくなってしまう。ですが……あなたがというのなら諦めて差し上げますわ」


「う、上から目線……」


「わがまま王女ですもの」


「うー……」


「ふふ。意地悪言ってごめんなさい。命令というのは冗談よ。けれど聞いて、エラ。わたくしはあなたの意思を問いかけているの。世間の声なんて聞かないで、わたくしの声だけを聞きなさい。わたくしは、あなたが欲しい。あなたはどうしたいの?」


「どうして……二回しか会ったことのない私にそこまで……」


「言ったでしょう。わたくしはあなたの優しく、美しい心に惚れたのです。弱き者に迷わず手を差し伸べられる人間が王家に相応しくないわけがありませんわ」


「っ……」


「どうしますの? エラ」


「私はプロポーズを受け入れても……良いのですか……?」


「ですから、それはあなたが決めなさい。誰でもない、あなたの意思で。ただ、一つだけ申しあげておくと、あなたのおっしゃる通り、あなたを批判する輩は必ず出てくるでしょう。ですが、ご安心なさい。わたくしが必ずあなたを守って差し上げますわ」


 そう言ってステラはエラの手を持ち上げ、手の甲に口づけをしました。エラは思わず頬を染め、顔を逸らします。


「ふふ。それに、全ての人が敵ではありませんのよ。少なくともわたくしの父上と兄上——現国王と、次期国王は味方に着く予定です。国のトップに立つ人間と、いずれトップに立つ人間が味方に居るのです。ですから、何も恐れることなどありません。あなたが権力に溺れて傲慢にならない限りは、あなたの幸せは脅かされないでしょう。さぁ、もう一度問いますわよ。エラ。わたくしのプロポーズ、受けてくださいますか?」


 エラはぽろぽろと涙を流しながら震える声で返事をしました。「はい」と。

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