第5話:私は彼女に相応しくないから

「舞踏会は楽しめたかい?エラ」


 走って戻ってきたエラに、魔女は訪ねます。


「……疲れました」


「おや。楽しくなかったのかい?」


「楽しくなかったわけではないのですけれど……その……王女様が、この間の女性で、一目惚れしたと言われて……」


「この間の?もしかして、わしにりんごをくれたもう一人のあの子かね?」


「はい……」


「そうか。どこかで見たことがあると思ったら王女じゃったか」


「……私、あんなに熱烈なアプローチを受けたの初めてで……なんで、王女様が私なんかを……」


「私ではないぞ。お主は素敵な女性じゃ」


 魔女が言いますが、エラは微妙な反応を示します。


「……ありがとうございます」


「響いとらんのう……。まぁ良い。お主はどうしたいのじゃ? 王女様のこと、どう思ったのじゃ?」


「素敵な人だと思いました。けど……まだよくわかりません。それに……私では、彼女に釣り合わないのではないでしょうか」


「まぁ、国民や貴族達の反対はあるじゃろうな」


「ですよね……」


「じゃが……舞踏会という目立つ場所で口説くくらいじゃ。向こうは簡単には折れないのではないか? お主も彼女に惹かれておるのじゃろ?」


「そ、そんなことは……」


「ではなぜガラスの靴を置いてきた?」


「お、置いてきたわけではないです。脱げてしまって、急いでいたから……」


「ふぅん? もう一度会うための口実として残したわけじゃないのか」


「そ、そんなあざといことしません!」


「にしても良かったのう。王女と結婚すれば、流石にお姉さん達もお主をいじめなくなるじゃろう」


「まだ結婚すると決まったわけじゃ……というか、女同士じゃ出来ないし……」


「ついたぞ」


「……ありがとうございました」


「こちらこそありがとう。あの時の礼ができて良かった。あぁ、そうそう。王女様に会ったらこれを渡しておくれ」


 そう言って魔女が渡したのは、エラがもらったものと同じ杖でした。


「この間渡せなかったからのう」


「……会えたら渡しておきます」


「よろしく頼んだよ」


 杖を自室——として割り当てられた狭い屋根裏部屋——の机の引き出しにしまい、エラは布団に寝転がります。そして目を閉じ、ステラと踊った夢のような時間に思いを馳せました。


(ドキドキした。あの口説き文句、全部本気なのかな。私、遊ばれてたりしないかな。王女様がそんなことするわけないとは思うけど……彼女と結婚したら私、この家から離れられるのかな。もういじめられることもなくなるのかな。そもそも、王家の人達は私を受け入れてくれるのかな……向こう行っても結局またいじめられるんじゃ……むしろ今より酷いいじめが……)


 と、不安に思っていると、玄関の方からガチャガチャと鍵が開く音が聞こえてきました。


「あー!楽しかった!」


「まさか王子様がゲイだったなんて。なんかショック」


「けど、王子様の恋人、凄い美形だったわね」


「それよりねぇ、例の本は?」


 下の階から聞こえてくる継母達の明るいはしゃぎ声。エラが近くに居る時には聞こえない声です。


「王女様もなんか、女の子口説いてたわよね。見た?」


「見た。王女様と踊っていた綺麗な人、屋根裏部屋に住んでる灰被り女と同じ名前だったわ」


「同じエラでも天と地の差があったわね」


 聞こえてくる悪口に「同一人物なんだけど」とエラは苦笑いします。


(けどそうよね。本当の私はこんなもの。やっぱり王女様には相応しくない。もし交際を申し込まれても断わろう)


 エラはそう決意し、眠りにつきました。

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