第4話:王女ステラ

「あの、今更なのですが魔女様」


「なんじゃ?」


「舞踏会には、私の姉達も来るのです。私は本来なら留守番をしているはずで、舞踏会が来ていることがバレたら何をされるか……」


「心配するな。魔法がかかっている間は正体はバレない。しかし、魔法の効果が続くのは翌朝までじゃ。馬車で移動する時間も考えて……そうじゃな……零時になれば鐘がなるから、それを合図に戻ってくるのじゃ。よいな?」


「はい」


「うむ。楽しんでおいで」


「はい!」


 かぼちゃの馬車を降りて、エラは会場へと向かいます。途中、継母とぶつかってしまいましたが、魔女の言う通り、エラの正体はバレませんでした。


 一方その頃ステラは、エラの姿を探して会場をうろついていました。


「名前くらいは聞いておけばよかったわ……はぁ……」


 ため息を吐いたその時でした。「もしかして、あの時の……?」と、誰かが呟きました。エラです。エラはステラが以前ぶつかったスピカという貴族の娘であることにすぐに気が付きましたが、エラには魔法がかかっているため、ステラには彼女がエラであることは分かりません。するとエラは自ら魔女に魔法をかけてもらったことを打ち明けました。


「そうなの……あの杖は本物だったのですね」


「はい。あ、えっと、申し遅れました。私、エラといいます」


「わたくしはステラよ。ステラ・フォン・グラジオラス」


「えっ……グラジオラスって……」


 名前を聞いて、エラは目を丸くします。グラジオラスというのは王家の苗字だったからです。


「わ、私、王女様に失礼なことを!」


「構いませんわ。それよりエラ、どなたかと踊る約束はされていますか?」


「えっ、い、いえ……まだ誰とも……」


「では、わたくしと踊っていただけませんか?」


 ステラがそう言ってエラの手を取り、跪くと、あたりがざわつき二人に視線が集まりました。


「お、王女様……こういうのは異性を誘うものではないのでしょうか」


「あら。王女であるわたくしの誘いを断るのですか?」


「い、いえ。そんな……」


「ふふ。冗談ですわ。断りたいのなら断ってくださって構いませんわよ。別の人と踊りますから」


「……私、ダンスの経験は無いのですが……」


「構いませんわ。わたくしがリードして差し上げます。曲がりなりにも王女ですもの。社交ダンスの心得はありますわ」


「……私で良いのですか?」


「あなたが良いのです。わたくし、あなたに惚れておりますの」


「は!? 惚れ!?」


「弱き人を迷わず助けるその美しき心に、一目惚れしました。ですからわたくし、今夜あなたにあったら口説こうと、ずっと思ってましたの。会えて嬉しいですわ。エラ」


「い、一国の王女がそう簡単に何処の馬の骨かもわからない女を口説いてよろしいのでしょうか。私は平民で、しかも女ですよ? この国では同性婚も認められていませんし……」


「ふふ。良いのです。わたくしは同性愛者ですから。たとえあなたにフラれたとしても、男性を愛することは出来ません。王女が同性愛者であると公になれば、同性婚に反対していた保守派の貴族達も居心地が悪くなりますでしょう?」


「……もしかして、私、利用されそうになってますか?」


「あら。人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいな。あなたに惚れたのは本当ですわよ。どうなさるの? 踊ってくださるの? くださらないの?」


「……私は正直、あなたの想いに応えられるがわかりません。知り合ったばかりで好きだと言われても戸惑ってしまいます。ですが……私は、この国が、全ての人が幸せになれる国であってほしい。ですから、同性婚の法制化についても是非前向きに進んでほしいと願っています。今私があなたの手を取ることが平等な社会に繋がるというのなら、喜んで」


「ありがとうございます。では、手を」


「はい」


 エラがステラの手を取ったのを見て、エトワール王子はふっと笑い、恋人であるルクスの元へ行き、彼の前に跪いて手を取りました。


「俺と踊ってくれないか。ルクス」


「……本当に良いのですか。私で」


「構わない。父上には俺が女性を愛せないことは話した。次期国王となる兄上にも。同性同士の婚姻制度の法制化について前向きに検討してくれるそうだ。ルクス。同性婚が法制化された暁には、お前を正式に俺の婚約者として発表させてくれ」


「……」


「さぁ、手を」


「……はい」


 ルクスがエトワール王子の手を取ると、一部からは悲鳴が上がりました。その悲鳴の中には、エラの継母と姉の声も。しかし、下の姉は踊る王子と従者を見て、胸をときめかせていました。彼女の悲鳴は落胆ではなく歓喜の悲鳴でした。実は彼女は、密かに男性同士のロマンス小説——いわゆるBL小説——を集めていたのです。自分がBL好きだと姉と母にバレたではないのだろうかと彼女は焦りましたが、ふと気付けば姉と母も、幸せそうに見つめ合いながら踊る男性二人に見惚れていました。それを見て彼女は、自分が集めていたBL小説の存在を打ち明けました。二人は食い気味に「今度貸して」と口を揃えて言いました。そして三人は、おかしそうに笑い合いました。

 一方、エラは——


(思ったより近い……なんか、ドキドキしてきた……)


「エラ。目を逸らさないで。今だけは、わたくしだけを見つめていて」


「そ、そう言われましても……」


「もしかして、ドキドキしています?」


「そ、そんなことは……」


「ふふ。わたくしはドキドキしていますわ。あなたのような美しい女性と密着して踊っているのですもの。ときめかないはずがないですわ。ねぇ、エラ、よろしければわたくしの——」


 その時でした。零時を知らせる鐘が辺りに鳴り響きます。エラは魔女に言われたことを思い出し、ステラに謝り、急いで駆け出しました。


「あ、エラ。お待ちになって!」


 急いでいたエラは階段で躓き、ガラスの靴を片方落としてしまいました。しかし、それでもエラはそのまま走り、馬車に乗り込みました。


「あぁ……」


「フラれてやんの」


 エラが慌てて走っていく様子を見ていたエトワールは、ステラを茶化します。ステラは頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向きました。すると、ステラはエラが落としたガラスの靴に気付きます。


「彼女の靴ですわ」


「良かったな。もう一度会う理由ができて」


「ふふ。わたくしともう一度会う口実のために置いていってくださったのかしら」


「うわっ。何その都合の良い解釈。怖っ!」


「うるさいですわね。ルクス、エラという名前の女性について調べなさい」


「……今すぐですか?」


「……明日からで構いませんわよ。どうせあなた、今夜はお兄様と一緒に過ごすのでしょう?」


「おっ。空気読んだ」


「お気遣い、感謝します。姫様」


「ふふ。お幸せに」

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