第20話 精神体

 希は自分の部屋で一人になると、瞑想をして精神世界へ行きたくなった。 


 少し時間は早いが薬を飲んで寝てしまった方が良いだろうか。だがどちらも同じレム睡眠状態に入るのなら結果的には変わらないだろうとも思った。

 それに、多少なりとも睡眠時間を確保して脳を休ませなければならない。

 希は眠前の薬を飲んでから照明を消しベッドに横たわりゆるく瞼を閉じる。

 

 するとドアの向こう側から幼い子供達の楽しげな声が聞こえてきた。


「お姉ちゃん、セオリ、待ってよ!」


「ナギ、ほら、ちゃんと手を繋いで。急がないと……」


「あ、セツナ、ナギ、リオ、観て! オーロラだよ!」


「うわ、綺麗……」


「ユナ様があまり見続けると心を魅了されてしまうって」


「太陽活動が極大期に入ったのね」

 

 子供たちは廊下の先から希の部屋へと近付いて来る。


(今まぶたを開けたら、既に視覚も切り替えられているだろうか?)

 

 だが希はそのまま用心深く待った。

 意識をさらに集中させる。すると足に浮遊感を感じ、そのまま後転する。

 精神が肉体の牢獄から解き放たれた。


(入った)


 希はそう確信して瞼を開けた。

 

 美しい満天の夜空。星々の煌めき。そして空が割れて鮮やかなエメラルドグリーンやブルーに変色していくオーロラ。私のそばで四人の六歳ぐらいの子供達が圧巻の光景に目を奪われている。

 

(私は今、ナギではない。ナギはすぐそこに立っている。では私は誰なのか。実体を持っていない。精神体として異世界にいるようだ)

 

 希はこの世界において自由を得ている。万能感に満たされていた。希は迷った。


(幼いナギの思考を奪っても良いものだろうか。実体を持たないからこそできることもある。何ならこのまま自分がこの世界のホモ・ファージを全滅させてしまえば良いのでは?いや、それでは新しい世界に分岐するだけだ。機会が巡って来るまで待とう。何年だって待てる)

 

 ナギ、セツナ、リオ、セオリは幼少の頃から素質があり、謡女うための候補者として育成されてきた。当初六十人いた候補者の中から最終候補者に選ばれたのは、ナギ、セツナ、リオ、セオリ、サクヤ、ホノカ、イズナ、ミヒカの八人だけ。

 ナギたちが日々修行している〈弥終いやはてやしろ〉はオーロラベルトの何処かにあるようだった。


(なぜそのような高緯度地方に日本に似た文化が存在しているのだろう。私のいる世界とどれほどの齟齬そごがある分岐世界、あるいは遠い未来なのだろうか)


 希はいつの間にか子供たちの傍らにいる女性にの後ろ姿に気が付いた。

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