第19話 希の世界

 覚醒したのぞみにはさまざま疑問を整理しようとした。 


(私がナギを通して垣間見た世界は虚構なのか?それとも日下部くさかべ先生の行動がトリガーとなって世界が分岐したのか?あるいは私がいるこの世界こそが虚構で、私の記憶が改竄かいざんされているのか)


 希はもっと精神世界を調べてみたいと思ったが、しばらくは覚醒状態のままこの状況を整理しなければとも思う。

 しかし、これから二限の講義が始まる。希は眠くならないために頓服薬とんぷくやくを飲んで講義室へと向かった。


のぞみ! こっちこっち」


 講義室に入ると、ナオが前列の席を確保していた。私はナオの隣の席に座る。


「おはよう、ナオ」


「なんか少し眠そうだね。大丈夫?」


「さっき薬を飲んだから、すぐにシャキッとすると思う。今朝は三時ぐらいに目が覚めちゃってさ。二度寝しないで朝活してそのままカウンセリングに行って来たんだ」


「そっか、それじゃ眠いよね。無理しないでね」

 

 今日の二限の講義テーマは『対称性の破れ』。


(鏡に映る世界は必ずしも現実と対称性を維持しているわけではない。私の世界とナギの世界。二つの世界の対称性は破かれた状態にある。私がナギを内包しているのか、それともナギが私を内包しているのか。あるいは私たちは並在しているのか。私とナギが同時に存在していることで世界に揺動が起きている。今まで私は無自覚に幾多の世界に干渉してしまった。もしかしたらその結果ナギの世界が生まれ、そして今ナギは自分の世界を救うために私の世界に干渉しようとしているのか)

 

 もしかしたら、希は自分が存在しているこの世界の方が分岐した世界なのではないか。この疑念が先程から拭えないでいる。下道したみち那生なおが男性で、日下部先生が催眠術を掛けた世界の方が真である可能性があるのではないのか。あるいはどちらの世界も真である可能性もあるのではないかと。

 しかし、希にはそれを確かめる方法が思い浮かばない。


 大学の授業が終わった後、希は寄り道せずにすぐに家に帰った。

 

 自宅の部屋に入った時、時刻は午後七時半を回っていた。リビングのダイニングテーブルにはラップのかかった食事が用意されていて、母は自室で寝ているようだった。たぶん翻訳の仕事が一段落ついたのだろうと思った。

 

 希はさっと食事を食べ終え洗い物を済ませると自分の部屋にこもった。二十一歳の女子大生の部屋とは思えないほど殺風景な部屋だ。L字型のシステムデスク。リクライニング機能付きのワークチェア。収納付きのシングルベッド。それくらいしかない。

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