第18話 ナギの世界

 地球史を閲覧していると、興味深い情報があった。

 ノゾミの年代から七万五千年ほど前、スマトラ島のトバ火山が破局噴火を起こし、人類種の大半は滅んだ。そして、ホモ・サピエンスも総人口が一万人程度にまで激減した記録があり『トバ・カタストロフ』と呼ばれている。

 ノゾミの世界の人類はその子孫だが、このトバ・カタストロフによって遺伝的多様性がほぼ失われて、人口七十億まで増加した今も個体数の割に遺伝的特徴が均質であるという。もしかしたらこの世界は既に再構築されているのか。

 

 端末の画面を見ながら、ナギの思考だけが活発に働いている。 


(霊理力に触れることのできない個体のみが生存して、力を操る技術は失われてしまったのでは。この世界ではホモ・トランセンダは出現しないのだろうか?遺伝的特徴が均質となったホモ・サピエンスは、進化して『腐悪化』したΦファージに抵抗するすべを持たず、いつかホモ・ファージの発生と脅威を招くことになる。もしそうだとしたら、私はこの世界でホモ・ファージの発生を防ぐか、ホモ・トランセンダへの覚醒をうながさなければならない。それがノゾミを〈憑人ホスト〉として私がこの世界に顕現した理由なのかも知れない)


 ナギの思考が集中して考え事をしていると、生徒たちが少しずつ講義室の中に入ってきた。その中に同級生である"シタミチナオ"の姿もあった。


「希さん、早いですね」

 

 シタミチは軽く手を振り、ナギ:希のほうに近づいてきた。

 彼はナギ:希の席から一つ席を空けた二つ隣の席を取った。これは、この世界の対人距離意識ソーシャルディスタンスだ。


「今日は朝一でカウンセリングがあったから」


「ああ、そうか」

 

 そろそろ講義が始まる。

 ナギはノゾミの意識の様子がすこしおかしいことに気付いた。


  **** * *  *  *   *


 希はそこで一度瞑想状態を解いた。

 

 場所は理1号館中央棟のロビーのベンチ。時間は…… 午前十時三分。

 現実世界では二分程度しか経っていない。先ほどまで希は瞑想によってナギをホストとし、さらにそのナギは演習で私をホストとしていた。だがナギのいた世界と希のいるこの世界とでは齟齬そごが生じている。しかも二つの違う世界が並在へいざい状態にある。

 希がトレースしたナギは先程カウンセリングルームでトレースしたナギよりも未来のナギだった。そしてナギは、今の希より少し過去の希をホストにした。

 希がいる世界では先生が催眠術を使った事実はなく、その体験も含めて私の幻覚だった。だがナギの世界は実際に先生から催眠術を受けて半ば強制的に内的世界に落ちたことになっている。しかもナオの性別が女性から男性へと変わっている。

 


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