第9話 物質と非物質

 那生なおはハーブティーを飲み終わるとティーカップを置いた。


「下道さんは、大学という所でヒトの精神について研究していると希さんから伺いました。内容は詳しくはわかりませんが、瞑想のためのお部屋を作っているとか……」

  

 日下部くさかべ先生の雰囲気や言葉使いがすこし変わった気がして那生はいぶかしんだ。彼女はもともと柴岡教授の知り合いで、希の睡眠障害のことでカウンセラーとして紹介された経緯がある。先生は那生の研究分野をまるっり知らないわけでもないと思うが、とりあえず関心があるのだろうと受け止めた。


「そうですね、僕は東京帝國大学の理学部脳科学科で実存物理学を学んでいます。希さんも僕と同じ理学部に在籍なのでなにかと接する機会もあって、睡眠障害のことも少しだけは知っていました」


「そうだったのですか。では下道さんは、元々ヒトの脳や精神に興味があって、今のような研究をしていらっしゃるのでしょうか?」


「あ、いえ、僕も希さんと同じく元々は物理学のほうに興味があったのですが、いろいろ調べたりするうちに物理学的なアプローチだけでは「実存じつぞん」の研究に限界を感じたので、脳科学や精神の世界にも手を広げるようになりました」


「そうですか。限界を……」


「これは柴岡教授が話していたことですが、人間の意識は顕在意識と潜在意識があり、さらその深層部に集合的無意識があると考えられています。この比率には所説ありますが、おおよそは「5:95」だといわれています。これは脳のニューロン細胞とグリア細胞の比率にも近いようです」


「ヒトの意識と脳細胞の関係が似ていると……」


「はい。ニューロン細胞は電気信号を伝達をし活動が観測可能な細胞です。対してグリア細胞のほうは細胞同士の情報のやりとりや、シナプス形成を制御したりニューロン細胞を陰で支えている可能性が高いと考えられています。まるで顕在意識と潜在意識の関係にも似て興味深い話ですが」


「ニューロンという細胞が意識の表面に見える行動を担い、グリア細胞がそのニューロンを陰で支えているという関係は確かに興味深いですね。わたくしたちの世界でいう現体界げんたいかい潜心界せんしんかいの関係にも似ているように思えますね」


 那生は先生が臨床心理士だと聞き、その専門ではこういうスピリチュアルな表現なのかと思いつつ、表現の違いなどは脳内で置き換えながら会話しようと思った。


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