第2話 希の自我

「お薬があまり効いていないのかしら。薬効的にはレム睡眠を抑制しているはずなのに。いずれにせよ先生に相談しなくてはね。現実の生活に支障をきたしては良くないわ」

 

 母は何よりもまずのぞみの現実生活を第一に考えている。これは主治医の臨床心理士も同様だった。現実がなければ夢も知覚し得ないのだから。だが最近は、夢の記憶が現実の記憶を上回りつつある。


 となれば自分は一体何者なのであろうか。希はそれを知りたいと思う。


「お母さん、もし宇宙がビッグバンから始まったのだとしたら、私たちの魂は全て同じ起源を持つ宇宙意識の欠片かけらということにならない?」


「そうかも知れないわね」


「だとすれば私の神劔みつるぎのぞみとしての自我なんてほんの二十一年間の間に形成されたものに過ぎないし、その裏には途方もなく大きなバックグラウンドがあると思うの」


「それは全ての存在に言えることね」


「私にはこの宇宙が何かの意思によって影響を受けて常にリデザインされているように感じるの。昨日の私と今日の私の自我の連続性なんて誰も担保できない。他人の人生の一端を垣間視ることによって私は毎朝生まれ変わった気持ちになる。確実に昨日までの私とは違う何者かになっているのよ。ねぇ、私ってどうして私なのかな。神劔希として生きるために与えられたものって何かあるのかな」


「あなたは自分の内面、精神世界とでも呼ぶべき領域に自己の意識を向けることができる。そこに宇宙を感じている。かつてのインドの思想家たちは皆、その真理を探究したのだけれど、あなたは昔からそう、ナチュラルなのね」


「でも生物としての脳機能が限界に達してきているのかなって。たまに制御できなくなっちゃう。放っておいたらいずれ私は私ではいられなくなる。宇宙と繋がっているだけの生ける屍になってはしまわないかって」


「それは深刻ね……」

 

 希は母が思っている以上に自分でも深刻な事態におちいっているのを感じた。

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