12.秘密

「……」


 柳生くんは静かに私を見ている。

 まるで私がどういう言葉を吐くのか、待っているようだ。


「通話、してたの?」

「スマホ持たずに、イヤホンもせずにか?」


 言われて初めて、柳生くんの手にはなにもないことに気づく。

 耳は真っ黒な髪の毛に隠されて、見えなかったけれど。


「そう、だね」


 喉が固まってしまったのか、声が発しづらい。

 頭を必死に動かす。

 通話をしていないのなら、柳生くんはいったいどうしてなにか言っていたのか。

 独り言?

 だけど、音の途切れ方は誰かと会話しているときのそれだった。

 いやでも、独り言なんて人それぞれだろうし、もしかしたら脳内の自分と対話していたのかもしれないし。

 それに、私の貧相な知識量では、もうそれ以外答えが見つからない。


 幽霊と、会話をしていたんじゃないか。


 その考えは、浮かんだ瞬間にすぐに削除する。

 触れられることを拒否したくせに、そこに触れるのか。


 そんなの、フェアじゃない。

 フェアである必要はあるのか。

 わからないけれど、でも、私は柳生くんとは対等でいたいと思った。

 別に、アリサやサラと対等ではないわけではないのだけれど。


「ごめん、わからないや」

「嘘だろ」


 返答に迷って口を閉じてしまう。

 柳生くんがため息を吐く。


「迷った時点でうなずいてるようなもんだろ」

「……ノーコメント」

「いい、別に」

「え」


 なにが、と首を傾げれば、もう一度ため息。


「お前なら、別に、いい。正直に言ってやっても」

「私は、なにも言えないよ」


 静かにこちらを見上げる灰色の感情の上、胸元でギュッと拳を握る。

 幼い頃、当時の担任の先生に言われた言葉が脳裏をかすめていく。

 言えない、言えるはずがない、誰にも。


「俺が言ったからって、お前がなにか言う必要ないだろ」


 予想外の言葉に驚いて固まってしまった。

 柳生くんは、そんな私の反応に落ち着かなさげに舌打ちを一つする。


「話してたんだよ、ここにいる奴と」


 くいっと柳生くんが自分のすぐ隣を指さす。

 だけど私には、そこに誰かがいるようには見えなくて。

 でも、ここで柳生くんが嘘を吐くとは思えない。

 それなら本当にそこにいるんだろう。

 私には見えない誰かが。


「こんにちは、初めまして」


 柳生くんが指さす方向に頭を下げる。

 顔を上げて柳生くんを見れば、彼は鋭い瞳を大きく見開いていた。


「柳生くん……?」

「視えては、いないんだよな?」

「私には、柳生くん以外見えてないよ」

「信じるのか?」

「嘘、吐いてるの?」

「いや……でも、普通疑うだろ」


 ボリボリと柳生くんは頭を搔く。

 眉は真ん中に思いっきり寄っていて、戸惑っているのがよく伝わってきた。


「本当、お前といると調子狂う」

「そうなの?」

「そうだよ」


 わざとらしく何度目かのため息。


「どうしてここに来たんだ」

「呼ばれたような気がして」


 正直に答えてから、あ、と手で口を塞ぐ。

 そんなはず、ないのだ。

 だって実際、柳生くんには呼ばれていないのだから。

 柳生くんだって、眉間のしわを更に深くしているし。


「たぶん、風に乗って柳生の声が聞こえたんだと思う。それで、なにかなぁって」

「会話の内容は?」

「え?」

「聞こえたのか?」

「あ、いや、そこまでは聞こえてない。音が聞こえるなってくらいしか」


 慌てて顔の前で両手を振れば、安心したのか柳生くんの眉間のしわが消えた。


「聞こえちゃまずい話だったの?」

「いや……普通に、嫌だろ。他人から見たら独り言を話してるように見えるのに、それを聞かれるのは」

「確かに……」


 普通の独り言でも、他人に聞かれるのは恥ずかしいものだ。

 柳生くんの場合は、他人との会話で、そして相手の声は他の人には聞こえない。

 恥ずかしい以外にも、単純に嫌だったり、あとは気まずさがあったりするのかもしれない。


「呼んではいないけど、そいつ、お前のことを心配してた」

「え?」

「そいつなんだ。お前と……初めて会話したきっかけになったのは」

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