第十章 ②
「お待たせ、詩遠。遅れてごめんね」
俺が待ち焦がれた人物が、遂に目の前に現れた。首元に巻き付いている朱色のマフラーは何処か見覚えがあるような気がした。
「いんや、今来たところだ」
そう答えると、悠姫はたちまち笑みを浮かべ、「それならよかった」とつぶやく。そして、それと同時に俺の隣へと腰を下ろした。
「「............」」
それから、めっきりと俺と悠姫の間は静かになる。俺が話を始めるのを待っているのだろう。そうわかってはいるのだが、なぜかあれだけ落ち着いていたはずの心臓が、またバクバクと早鐘を打つ。今なら少し胸に触れただけで心臓が跳ねているのがすぐわかりそうだ。
仕方ないので、ちょっとした世間話から始めることにした。
「......今日は、どこに行ってきたんだ?」
「え? あー、えーとね。うちとか、学校とか、いろいろ」
「学校?」
「うん、ちょっとね」
「......そうか」
「「...............」」
だめだ。今の悠姫は完全にそういう会話をしてもいい雰囲気ではない。普段時折見せていた素っ気なさとはレベルが違う。
俺は、二回ほど深呼吸をした。けれど、動悸はそう簡単に治まるものではない。
でもこれ以上悠姫を待たせるわけにはいかないので、震えた状態の声のまま、俺は声を出した。
「.........えーっと、悠姫」
「うん」
俺は目線を外して言葉を紡ぐ。失礼極まりない態度だとは思うが、向き合って話をするなんて、今の俺がやったら本当に心臓が張り裂けてしまいそうだから少しだけ容赦してほしい。悠姫もそんな俺の駄目な性分を理解しているのか、俺に対して何も言わずに、言葉を待っていてくれた。
俺は、そんな期待に応えたいと思い、嘘偽りない自分の言葉を、精いっぱいの真摯な態度で紡ぎ続ける。
「いろいろ考えたんだ。自分が悠姫に対してどんな未練を抱いていたのかということを。何時間もかかった。そして、たくさんあった。たくさんありすぎて、きっとまともに話していたら一日じゃ済まなさそうだった。だから、特に俺が後悔していると思ったことを、まとめにまとめて話そうと思う」
「まず、謝罪から。
悠姫、お前をこんな俺の自分勝手に巻き込んでしまって、本当にすまなかった。そして、そのうえで、二回目の死をという選択を取ってしまったことも、申し訳なく思っている」
「......それは仕方のないことだよ」
「それでも、そうだとしても、俺は謝らなければならないと思った。実際、俺が紫水を生かすと決めたとき、心臓が鷲掴みにされるような申し訳なさを感じた」
「............ねえ、そういえばさ」
「どうした?」
「まだ聞いてなかったんだけど、どうして詩遠は蘭ちゃんを選んだの?」
「それって、どういう......」
「あ、ごめん。別に悪い意味はないの。ただ、少し気になっただけで.........」
どう答えたものか。これを話すと、それ以降のことをすべて話さないといけないことになる。が、最後に回していたそれをここで言うと、その後におもっ苦しい謝罪なんてできなくなってしまう。それでも、今言った方が良いのだろうか。
......しかし、ここで言わないと、後で再度この話題を悠姫に対して言うのは躊躇ってしまうだろう。なら、俺が今すべき一番の行動は.........
「.........俺は、できることならもう一度悠姫の隣を歩きたかった。
十数年一緒に歩いてきたその道をもう一度歩けるのなら、俺は、それを選びたかった。これからも、ずっと歩んでいきたかった。.........けど、今回色々考えて分かったんだ。
たとえそんな道があったとしても、きっと俺はそこに立つべきではないと。これは神が与えたチャンスなんかではなく、俺が変わるための試練なのだと」
「えっと.........それって.........つまり.........」
ほんのりと、悠姫の顔が赤らむ。特別察しがいいわけではない彼女でも、ここまで言ってしまえばわかってしまうだろう。ここまで来て、俺は言葉のチョイスをほんの少し間違えてしまった。しかし、どうする? 全てを言うとしたら、やはりこのタイミングしかないだろう。だが、まだ心の準備が全くできていない。......が。
そんなもの深呼吸の一つで終わらせてやる。
そう意気込むと、俺は悠姫と向かい合うように立ち上がる。そんな急な行動に悠姫は少し驚くも、今から何を言われるのかを理解しているのだろうか。先ほどよりも更に顔を紅潮させるだけで、何も口には出さなかった。
そして、宣言通り深く息を吸って、吐く。すると驚くことに、それだけで心臓はほぼ通常運転の状態へと戻った。
.........まあ、それも一瞬のことで。
いざ再び息を吸って言葉を紡ごうとすると、心臓は元の通りに逆戻り。バクバクバクバクと、その心音は身体の血管中に響く。
だけど、だからこそ、俺は周りの目なんか気にせずに、何なら連れである悠姫すら恥ずかしく思ってしまうほどに、大きな声を張り上げようと意気込んで、いよいよ声を出す。
「俺は、悠姫。お前のことが好きだっ! 大っ好きだ!!」
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