第十章 ③

 広場どころか、駅構内にすら響きそうな程大きな声だった。自分でもこんなに大きな声が出せるということに対して驚いてしまう。

 一瞬、周囲の時が止まった。ボールを持ってはしゃいでいた小学生くらいの子供も、だべりながら帰路に就く二人組の女子高生も、忙しそうに駅の階段を下りていた社会人も、すべての時間が停止する。

 不思議な空間だった。俺がこんな空間を作ったとなると、ゾクゾクと鳥肌が立ってくる。なんだか、変な趣味に目覚めてしまいそうなほどに。

 そして、やがてその静寂は消滅していく。 

 どこかからは、クスクスと笑う声がして。

 どこかからは、カシャ、とシャッターを切る音がして。

 どこかからは、興味を全く示さずに日常会話を続ける声がして。

 確かに、恥ずかしい。愛の告白をこんな市街地で、しかもこんな大声で叫んだんだ。もしこれで恥ずかしくならないのなら、それはきっと羞恥心が負の領域まで到達している超人だろう。

 けど、今の俺の気分は、それよりも清々しさが勝っていた。羞恥心を煽る周りの反応さえ、今は気持ちがいい。

 そして、肝心の悠姫はというと。


「......し、詩遠は、加減ってものを知らないのかなあ?」


 羞恥とも困惑とも呆れともとれるような表情で、一言だけ、そう言った。けれど、嫌そうな顔は浮かべない。俺は、ただそれだけで嬉しかった。

 きちんと自分の言葉で伝えることができ、それを受けて、満更でもなさそうな表情を悠姫は浮かべてくれた。大げさと思われるかもしれないが、俺は今、とても幸せだった。

 そんな感情の中、更に俺は言葉を続ける。


「今までも、そしてこれからも、俺はずっとお前が大好きだ。

 けど、だからこそ、俺は悠姫のそばにいてはならないと思った。そうしないと、俺は一生、お前に縋り続けてしまいそうだったから。

 そして、このままずっと、好きという二文字の言葉でさえビビッて伝えることができなかったこの性分を変えられないと思ったから。

 .........って、はは。最期の最後まで自分勝手だな、俺は」

「詩遠..........」


 湿っぽい話をしてしまったからだろうか。悠姫は俺の話に対して、同情的な目線を送ってくる。そして、それ以上何の言葉も発さぬまま、その目線は下へとさがり、やがては俯いた。

 やはり、悠姫を失望させてしまっただろうか。しかしそれも仕方のないことだった。これが俺という人間なのだ。さすがにこの場では何も偽る気にはならない。


「.........違うよ」


 十数秒の沈黙の後、依然として下を向いている悠姫から、そんな言葉が漏れた。さすがの俺でも、これだけでは意図を読み取ることができない。沈黙を貫き、続きの言葉を促す。


「.........自分勝手なのは、何も詩遠だけじゃない」


 そんな言葉たちは、悠姫には似合わないほどの落ち着いた声で紡がれた。が、俯く彼女の肩は、小さくではあるが震えていた。


「本当は、詩遠の言葉を全部聞いてから言おうと思ってたけど、まあ、いいかな」


 そうとだけ言うと、悠姫は座ったまま、大きく息を吸い込む。

 そして、ほんの少しの溜めを作ってから、月に吠えるかの如く、一気に言葉を紡ぐ。



「私も、詩遠のことが好き! 大好き!」

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