第九章 ②

「おまたせ詩遠君.........って、どうしたの? 瞑想でもしてた?」


 件の祓いが終わったのだろう。烏汰さんは客間へと帰ってきた。その時間およそ十五分。俺はもう少し時間がかかると踏んでいたため、胡坐を組み、目を瞑った状態でじっくりと考え込んでしまっていた。少し恥ずかしい。が、下手に誤魔化すとボロを出すのはもう分かりきっているので、俺は悠姫がまだ戻ってきていないのをいいこと

に、烏汰さんに大体の事情を話した。


「......なるほどね。それで未練が絶ち切れないんじゃないかと考えていたわけか」

「まあ、そういうわけです」

「そうかあ。でも、ごめん。こんなおじさんにはそれに対してアドバイスなんてできそうにないや」

「いえ。話を聞いてくれただけでもありがたいです。おかげで気分が少し楽になりました」

「そうか、それならよかった」


 そんな風に話をしながら悠姫が戻ってくるのを待っていると、丁度話の区切りがついたときに、悠姫は客間へと戻ってきた。タイミングがずれたのは、トイレでも行っていたからだろうか。外で今の話を立ち聞きしていたなんてことはないと願う。


「あ、金村さんも帰ってきたね。......それじゃあ、祓いはこれで終わりだから、もう帰ってもらって構わないよ」


 先ほどまでの真剣な顔を崩し、いつも通りの穏やかな表情で烏汰さんが言う。

 俺はそんな言葉にはおかしいとは思わなかったが、悠姫は違うようで、驚いた表情をしながら烏汰さんに言葉を投げかける。


「え? あれで終わりだったんですか? 私、寝てただけなんですけど......」

「起きている状態では魂の乖離がうまくできないからね。深く寝ている時の無意識の状態が一番やりやすいんだ」

「あー、なるほど。そういうことだったんですか」


 悠姫は烏汰さんの言葉に納得すると、客間に足を踏み入れ、鞄を手に取った。俺もそれに合わせるように、今日持参した少し小さめのリュックを背負い、立ち上がった。


「.........それじゃあ、詩遠君も頑張って」


 門の前で、肩を軽く叩きながら、烏汰さんは俺を鼓舞をする。


「ええ、任せてください」


 俺は力強くそう答える。


「はは、この前とは目の色が全く違うね。その意気ならきっと上手くいくさ」


 俺の目をじっと見つめる烏汰さん。俺も、その目をじっと見つめ返した。

 俺は、人の目を見ただけでその人が何を考えているかなんてわからないが、ただ一つ、烏汰さんが俺を微量ながらも信じてくれているということだけは伝わってきた。


「次は、この言い伝えのことを思い出したときに、菓子折りでも持ってお礼に来ます。その日まで、どうかお元気で」

「ああ。嬉しい報告を待ってるよ」


 その言葉を聞き、最後に深く礼をすると、俺は悠姫とともに帰路を歩みだした。


 かくして、そんな一日はあっという間に終わり、この物語は終焉を目の前にしていた。端的に言うなれば、とうとう、最終日が幕を開けたのだ。



              第九章 終

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