リフレクト✖️midnight  ②midnight

 類が目を覚ます。まず見えたのは、石膏ボードの天井に、きっちりと閉められたクリーム色のカーテン。状況は理解した。だが、身を起こすことはない。久しく忘れることのできていた激痛の後で、さすがにそんな体力は残っていなかった。規則正しい電子音が、僕を生かす医療機器から鳴っている。

 そしてなぜか、その横で、見知らぬ青年がうたた寝をしていた。足元の荷物は、ギターバック?

「どちら様です?」

 か細い声だったけど、青年はすぐに気付いてくれた。

「目が覚めたんですね! よかった……あっ、俺は佐久間日向って言います。道端であなたが倒れた時に居合わせて、救急車を呼んだんです」

 言われてみれば、激痛に堪えかねて彼に助けを求めてしまった気もする。とんだ迷惑だったろうな。

「まずこれ、お返しします」

 類が外出時に持ち歩いていた例のカードを、日向が手渡す。厳粛な態度だった。

「それで、余計なお世話かもしれませんが……俺が代わりに、家族や友人の方に連絡を取りましょうか? その紙にはアドレスが一つも書かれていなかったから、今まで誰もお見舞いに呼べなくて」

 まごつきながらも、愚直に、丁寧に、言葉を紡いでいく彼。病室がだんだん湿っぽくなってきた。梅雨時だからだろうか――鬱陶しくてたまらない。

「あーそれ、わざとだから。誰にも病気のことを伝える気はないし、心配なんて甘ったるいもの、もらっても気色悪いだけだし」

 わけもなく投げやりな口調になって、類がその青白い腕を眼鏡に伸ばす。日向は何も言わなくなった。目を伏せ、隆々とした自身の掌を見つめている。

 ため息を吐く類。

「そんな辛気臭い顔しないでくれる? 僕は一人でいるのに慣れてるから、不健全かもしれないけど、そういうことされても対応に困る。もう放っておいてくれないか」

「嫌です」

 日向が顔を上げる。予想外な返事だった。

「もしかしてですけど、俺のこと突き放そうとしてませんか? 無理して気丈に振る舞ってるみたいで、余計に心配になります」

 別に無理なんか……してるのかもな。正直僕はデキる人間で、そう自分で言い切れるぐらいには、それを当然のことだと思ってる人間だから、情けない姿をさらすなんて到底考えられなかった。それで、本当はしんどいことを認めたくなくて、気を張って、その機微を見抜いた彼を突き放してしまったのかもしれない。

 けれども君には、出会った瞬間から、身も心も弱り切ったまま甘えてしまった。弱さを隠す必要なんて、はじめからなかったわけだ。

 凝った身体をうーんと伸ばす。

 すると、全身にじわじわと熱い重みが広がっていった。まるで熱に浮かされているみたいだ。沈んでしまう、とろけてしまう。枕に突き刺さった眼鏡だけが、かろうじて睡魔から類を引き止める。

 なのに。

「やっぱり、まだ疲れてますよね。もう無理せず寝てください」

 日向の温かく大きな手が、その杭を優しく抜き取った。いろんなものから完全に解き放たれた気分だった。

 まったく、君は心配しすぎだよ。世話を焼きすぎだよ。むずがゆくてたまらない。

 でも……なんか、幸せ。

「ありがとう」

 類はかすかに口の端を緩めながら、純白の寝具に身を預けた。

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