midnight✖️? ①midnight

 意識が戻った翌日、僕は一般病棟の相部屋へと移された。大事を取ってしばらく入院させられたのだ。そのせいで今、書きかけの論文を進められないどころか、安静という名目のもと退屈を強要されている。まあそれも、あと数日の辛抱だ。ここはオーソドックスに、病院内の散策でもして時間を潰そう。

 間仕切りのカーテンを開け放つ。思いの外ジャッと派手な音がして、一度に三人の女性が振り返った。隣の病床に腰かけるおばさんと、若い女性が二人。仲睦まじい母娘のようだった。

「あら知立さん、はじめてお顔を拝見しましたね。よければ一緒にお話ししませんか? 今日はうちの娘が来てくれたんです」

 矢継ぎ早に促され、類は知らぬ間に家族だんらんに迎えられていた。とはいえ、はじめからあまり断る気はなかった。暇潰しになれば何でもよかったし、それに……昨日あんなに甘い味を知ってしまったから、他人と馴れ合うのも悪くないかなって、そう思っちゃったんだ。

 不慣れな女子トークに耳を傾ける。時折弾ける笑い声につられて顔が綻ぶ。モモちゃん、ナギちゃん、と子供の名を呼ぶおばさんの声に、ノスタルジックな思いが湧き上がってくる。そこはまさに、すり減った身心を満たしてくれる桃源郷だった。

「お母さん!!」

 突然、おばさんが腹を押さえて呻きはじめた。『モモちゃん』の悲鳴とともに、医療機器のアラームが空間を裂く。類は、冷静におばさんに呼びかけた。弱々しくも応答はある。肩に手を置いて励ましつつ、うろたえる娘たちをなだめる類。

 ほどなくして、医師や看護師たちが駆け込んできた。あっという間におばさんの姿が隠されていく。

「……まあ、座りなよ」

 壁際で行き場を失った二人に、類は自分のベッド横から椅子を用意した。娘たちは、なおも母親を見つめていたが、やがて固い動きで腰を下ろす。類はその横に立ち、彼女たちの代わりに母親の様子を確認する。

「おばさんは大丈夫だよ。ショック状態にはならなかったし、嘔吐や吐血もない。ほら、心拍数なんかも正常値に戻ってきた」

「知立さん、お医者さんだったんですか?」

 『ナギちゃん』が、驚いたように僕を見上げてくる。

「いや、医学書を少しかじっただけで……誤解を招くようなことを言ってごめん」

 二人の横顔が、先刻より陰っていくのが分かった。

「あっでも、さっきのおばさんの様子を見るに、そこまで辛い痛みじゃないと思うんだ。僕も病人だから分かるけど、ああいうのは何度も経験してるし、もっとずっと酷いときだってあるから……」

 とまで言ってから、それもまた間違った判断であることに気付く。

「も、もちろん、痛みの感じ方は千差万別で、こんな我慢強いやつの意見じゃ参考にならないかもしれないけど……」

 とんだ墓穴を掘った。考えもまとまらないうちに話し出すなんて、とうとうご自慢のオツムにも焼きが回ったか。

 こんな時、自分はもう死にはじめているのだと痛感する。

 一方二人は、言葉の端々に滲む類の闘病生活を思い、時折眉をひそめて彼を見上げるようにもなってしまった。まったく、僕にはレディ一人、少女一人慰めるどころか、心配事を増やすことしかできないのか。

 類は、ずぶ濡れの服を着たような感覚に陥って、人知れず、奥歯を強く強く食いしばった。

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