追憶

リフレクト✖️midnight  ①リフレクト

 日向はその日も、自主練を兼ねた一人路上ライブに訪れていた。向かうは近所の飲み屋街。人情で店が建っているその通りでは、お酒が入っていることもあってか、多くの人が陽気にライブを見てくれるのだ。

 ギターバックを背負い直し、長居できる場所を路肩に探す。すると、いい感じのシャッターの前に、先客の男が一人座りこんでいた。立てた膝の間に顔を埋めていて、表情はうかがえない。

 お酒に酔って寝ちゃったのかな。周りもそう思っているのか、一瞬目を向ける程度で素通りしていく。確かに、酔い潰れた他人を進んで介抱する気にはなれない。

 けどなぁ……

「すみません、どうかされましたか?」

 このまま彼は、走り梅雨の夜に取り残されてしまうのだろうか。それに、万が一、身体に異常をきたしているのだとしたら――

「……助けて」

 男は薄目で日向を見た後、糸が切れるように倒れ込んだ。

「大丈夫ですか!!」

 腰の辺りを痛そうにわし掴みにする彼。口から心臓が飛び出そうだ。震える手で、ぼやけた頭で、男を横たえ救急車を呼ぶ。他にしなくちゃいけないことは。日向は男に声をかけたり、手を握ったり、上着をかけたり、枕を作ったりするうちに、彼の胸ポケットに一枚の紙が入っていることに気付いた。取り出して、読む。


 氏名:知立類

 病状:膵臓がんステージⅣ 転移あり

 余命宣告を受け自宅療養中

 主治医:……


 うろたえる。幾度も読み返す。もう声を発せなかった。

 やがて救急隊員が到着して、処置を代わってくれる。

「この中で同乗される方はいますか」

 と声をかけられた時に、はじめて周りに人が群がっていたことを知った。彼の秘密を知ってしまった以上、俺にはそれを伝え、最後まで見届ける義務がある。

「乗ります」

 おどろおどろしいサイレンで夜闇を裂きながら、救急車は、彼の主治医のいる病院へと向かっていた。

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