midnight4③

「……自由という幸せを掴むためです。二度と誰にも虐げられず、誰かを憎み嫉妬することもないように。彼女との因縁を完全に断ち切るには、もうこうするしかないから」

 彼女の表情は心底苦しそうで、申し訳なさそうで、しかし揺るがない希望を携えているようにも見えた。

 望月が手をついて身を乗り出す。

「あんたの気持ちはよく分かった。その依頼、引き受けてやるよ」

「本当ですか」

 彼を見上げる桃子。そうして一つ、ほっと安堵のため息をついた。

 最後に連絡先だけ交換をして、二人が席を外す。

「では後ほど、計画が整い次第報告にあがる。報酬は成功するか否かで額が変わるけど、前金は受け取らない主義なんで安心してくれ。またのご来店を……今度は飲み屋の店主として待ってる」

 気品のある礼をして、ドアノブに手をかける望月。錆びた蝶番が、わずかに軋みながら往復した。

 ドアベルが鳴り止む。

 今日は珍しくほとんど声を上げなかった類が、亜麻色のドアを見つめ、ふと呟いた。

「彼女ああ見えて、店名の由来をちゃんと知っていたな」

「コースターを見せた時か」

「ああ」

 イエローアイリス、日本語で言う黄菖蒲は一般的に、幸福や幸せを掴むといった花言葉で知られている。その一方で、不吉な裏の意味も持っていた。復讐である。

「苦労してここの店名を聞き出し、いざ向おうとしたその前に、一度立ち止まって店名の秘密を解き明かす。そんなことを本当にやってのけているとしたら、彼女、なかなかの切れ者だよ」

「へぇ、お前がそこまで言うとはな」

「なに、ほんの少し興味が湧いただけさ。一見陰気でなよっとしたやつだけど、巷の馬鹿にしては頭が回るし、周りが見えてるから慎重な判断ができる。実際、望月に二択を提示されたときも、今回の依頼は幸福のためだと言いきった。彼女は見極めていたんだ。この答え次第で、依頼を受けてもらえるかどうかが決まることを」

 類がちらりと、望月の反応をうかがう。彼は決まりが悪そうに鼻を鳴らした。

「ともかく明日以降、順次芹沢澪の調査を始めていこう。長谷桃子との関係性についても詳しく知りたい。計画立案はその後だ」

「じゃあ僕は、二人の身辺を一通りまとめておくよ」

「おう、サンキュ」

 天井の大きなファンが、緩やかに室内の空気をかき混ぜる。数多の照明に包まれたその空間は、今のところ、穏やかであった。

 

 FILE03:月・長谷桃子

 FILE04:太陽・芹沢澪

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