第52話 それぞれの準備

 その日、アデリシア王国の王都フォーリアは騒がしかった。本格的な冬を間近に控え、初雪を経験した翌朝のことだ。

 継道つぐみちは白い息を吐きながら、真っ直ぐに兵舎へと歩いていた。将軍職にある二人――元第一将軍補佐の亜希あきと元第二将軍補佐の直士なおし野棘のいばらの命令を伝えるためだ。

「おはようございます」

 兵士たちの朝練の声が響き渡る演習場にやって来た継道は、壁際で部下たちを見守る二人に声をかけた。二人は継道に気付くと、慌てて敬礼する。

「こ、これは継道補佐官」

「おはようございます」

「ええ」

 国王の補佐官という地位につく継道は、役人や兵士たちから見れば上級官僚にあたる。元々第二将軍であった野棘の下で働いていた直士は当然だが、上司を失い呆然としていた亜希もこちら側に引き入れるのは容易かった。

 継道は板についた愛想笑いをして立ち上がりそうになる二人を座らせたまま、国王の勅命書を差し出した。

「野棘陛下より、直々の命です。……決して、期待を裏切らないよう」

「「はっ」」

 顔面を青くした二人の男たちに背を向け、継道はその場を去った。

 継道が去り、亜希と直士は勅命書を開く。そこには、小隊を一つ編成して王都を護らせろという命令が書かれていた。

 小隊の集合すべき日時、場所、そして敵の名、全てがそこには記されていた。更に、この命令を遂行した暁には、二人を真の将軍にすると書かれている。

 亜希と直士は顔を見合わせると、にやりと笑った。元来出世欲の強い彼らは、前王の元では自分の能力を十分に発揮出来ていなかったという自信があった。その自信を確固たるものとするため、好都合な命令だ。

「選ぶか、直士」

「そうだな。……首を洗って待っていろ、国賊め」

 二人は少々下品な笑みを浮かべると、ぐるりと演習場を見回した。


 ロッサリオとグーベルクに手紙を送った三日後、弦義の元に二国から派遣されたと名乗る兵士二人が訪ねて来た。その時、弦義たちは無事にフォーリア近郊の町に着いていたが、彼らと会うために町外れの小さな茶屋を訪れていた。

「お初にお目にかかります」

「主より、こちらを預かっております」

 弦義が面会したのは、年若い兵士たちだった。精悍な顔つきに、適度な筋肉のついた体つきをし、真面目そうな印象を受ける。ただ、弦義と話すのに緊張してはいたが。

 面会の間、和世とアレシス、那由他は店の中と外をそうとは悟られないよう警戒していた。白慈は弦義と同席し、彼の隣で二人の伝令役を見詰めていた。

「ありがとうございます」

 二通の手紙を受け取り、弦義は素早く目を通した。そして、二国の王たちが弦義の頼みを聞き入れて動いてくれたことへの感謝を述べる。

「あなた方の主にお伝え下さい。このご恩は、決して忘れませんと」

「「承知致しました」」

 その後、仔細を詰めて散会した。

「終わったか?」

 外で警戒していた那由他が店に入り、奥の座敷にいた弦義に問う。それに頷き、弦義は勘定を支払った。

「行こう、みんな」

 何処に、などと無粋なことは誰も訊かない。行くべき場所は、一つしかなかった。


 フォーリアの隣町。一晩の宿を取った弦義の元に、宿で働く従業員が紙を持って来た。訊けば、客を見送りに出た際にやって来た女性に手渡されたのだと言う。

「五人組の宿泊客の一人に手渡してくれ、と頼まれましたが……」

「わかりました。どうもありがとう」

 フードを被ったまま口元だけ微笑み、弦義は従業員との会話を終えた。

「何が書いてあるの?」

 興味津々で身を乗り出した白慈に見せながら、弦義は折られた紙を開く。そこには、弦義に投降するよう促す内容が書かれていた。

「こちらの動きは読めている、とでも言いたげだね。まあ、実際そうなんだろうけど」

「全て、向こうに漏れているのか?」

 誰も情報漏洩などしていない。不安げに眉を寄せる白慈の頭に、アレシスの大きな手が乗った。

「向こうも必死だということだろう? おそらく、こちらが近隣の国二か国と同盟を結んだことくらいは掴んでいるだろうから」

「ああ。だが、ここにいることも嗅ぎ付けられるとはね」

 警戒を怠りはしなかったのに、と和世は悔しそうだ。それでも、と弦義は微笑む。

「僕らの行動全てを把握することは出来ない。誰も、当事者以外は傷付けさせない」

「そのために、動いて来たんだ。……必ず辿り着くぞ、弦義」

「ああ」

 那由他と頷き合い、弦義は満月の浮かんだ窓の外を見た。

 明日、全てが決する

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