第53話 国賊の反撃

「た、大変です!」

「何があった」

 フォーリアの王城の見張り台にいた兵士が、大慌てで執務室に駆け込んで来た。それは早朝のことであり、野棘はいつものように既に執務を始めていた。

 野棘が続きを促すと。兵士は泡を食ったように話し出す。

「今朝早く、王都から見える西と東の山の上に篝火が焚かれました。更に、ロッサリオ王国とグーベルク王国の軍隊と思われる一団が、それぞれ松明を掲げています。ど、どうしたら良いのでしょう⁉」

狼狽うろたえるな。亜希あき直士なおしを呼べ」

「っ、はいっ」

 若い兵士を追い返すと、入れ替わりで継道が野棘の前に姿を見せた。

「あの篝火の件ですか?」

「もう知っていたか。その通りだ。……やはり、二つの国を使ってこの国を亡ぼすつもりか」

 野棘はこの国の王座を取り返した日、自分の目の前から逃げおおせた青年の姿を思い出す。自分を師匠と慕い一度も勝てなかった子どもが、今度は自分を倒すために軍勢を率いて戻って来た。

(全く、人生とはこれほどまでに劇的か)

 この手で、かつての弟子を殺す。その未来を予感し、野棘は低く笑った。


「あれが、フォーリアの王城……」

 王都フォーリアを臨む高台で、白慈が呟いた。

 弦義たちは一旦フォーリアの隣町を離れ、山に登っていた。そこからは東西に陣取るロッサリオ王国とグーベルク王国の軍隊が見え、更にそれに応じる野棘側の動きをよく観察することが出来る。

 二か国の軍勢を一人も傷付けないと豪語した手前、決して大きな戦闘にすることは出来なかった。

「和世、王城の様子は?」

「隊が二つ、こちらに向かっている。後方にも大きな軍があるが、こっちはほぼいるだけに見える。控えだろうな。前方の隊を二つに分け、東西それぞれを追い払うつもりだろう。……どうする?」

 答えがわかっているのにもかかわらず、和世が弦義に尋ねた。

 隊の人員は、全部で百五十名程か。しかも山の方へと向かいそうな動きを見せるのは、小隊二つ、各二十四名程。それだけでそれぞれ三十名の軍隊を倒せるとは思えない。

 やはり、野棘はわかっている。流石は、弦義の元師匠だ。

 弦義は真っ直ぐに王城を睨み据え、確固たる意志を持って言い切った。狙うは、大将のみ。

「勿論、全て迎え撃つ。後方が動き出す前に、片をつけよう。──僕ら五人で」

「わかった」

「了解っ」

「行こうか」

「取り戻すぞ、弦義」

「――ああ」

 ヒヒンッと馬がいななく。それを合図に、弦義たちは高台を駆け下りた。


 それに最初に気付いたのは、小隊の戦闘にいた亜希だった。何かが山を物凄い勢いで駆け下りて来るのを見て、ぎょっとする。

「ぜ、全員構え!」

 亜希の命令を受け、二十四人全員が腰の剣や弓矢を構えた。しかし、それらが暴れる隙など与えられない。

「はあぁっ!」

 先陣を切った和世が、馬上から剣を振り回す。鬼神もかくやという気迫に押され、アデリシア王国側の兵士の一部は竦んでしまう。

 すくんでしまえば、後は和世の思う壺だ。兵士たちの手から剣を叩き落し、突破口を開こうとする。

 しかし、兵士の全てが動けなくなったわけではない。怯まず耐えて反対に和世を狙いかかって来る者もいる。その中の一人の剣が、和世の腹を斬ろうとした。

「――……っ」

「うわっ」

 兵士が蹴り飛ばされ、地面に転がる。馬上にいた和世は、振り返ることなく援護の礼を言った。相手が真後ろに跳び下りたことを知っていたから。

「助かったよ、那由他」

「ああ、よそ見するなよ」

「当然!」

 襲い掛かって来た兵士の剣を弾き返し、和世は笑った。那由他の姿は馬上に既になく、一気に五人を回し蹴りで吹き飛ばす。

「くっ……お前たちは何者だ!」

「お前たちが勝手に言ってるだろ? 国賊ってな!」

 直士の問いに応じた白慈が、戦場の真ん中に躍り出る。子どもの彼に油断した数人が捕まえようと手を伸ばすが、目の前に大刀を突き付けられて動きを止める。

「オレは、弱くないからな?」

 その言葉通り、白慈は大刀を大きく振り回した。斬られないよう距離を取る敵に飛び掛かり、その剣を弾き飛ばす。大人の男にも負けない剣技を身に着けた少年は、更に道を広げていった。

「クッ」

 剣を用いる兵士の大半が倒され、亜希は更なる兵力を呼ぶ。命じられた弓使いたちが一斉に矢を引き絞り、放つ。目標は、重罪人である弦義だ。

「甘いな」

 しかし、弦義に届こうとした矢は全て射落とされる。彼の傍についていたアレシスが、強弓を構えて狙っていたのだ。

 弦義の盾となり、弓矢を構えるアレシス。彼が次に狙うのは、二つの小隊を束ね命じる亜希の頭だ。

 ――キィィン

 空気を裂くように弾き飛ばされた矢は、美しい弧を描いて亜希の頭に突き刺さろうとした。

「ヒッ」

 思わず手で頭を庇った亜希だったが、いつまで経っても痛みを感じない。恐る恐る頭を上げて矢を探す。すると、亜希の鎧がカシャンと音をたてて落ちた。

 アレシスの矢が、肩にあった鎧の継ぎ目を切ったのだ。

 身軽になってしまった亜希が慌てて馬から下りると、その首筋に冷たいものが触れる。喉を鳴らして正体を見れば、弦義が持つ剣の切っ先だった。

「つる、ぎ……」

「頼みを聞いてくれれば、命まで取りはしない」

 冷え冷えとした声は、亜希の闘志を急速に冷却した。部下や直士も彼を助けるために動きたかったが、那由他たちがことごとく邪魔をする。

 亜希は、助けを望めないことを悟った。カランッと持っていた剣を取り落とす。

「何が、望みだ?」

「私を、野棘の元へと連れて行け。そうすれば、あの軍隊も動かさない」

「――承知した」

 軍隊を弦義が動かすことは、決してない。しかしそれを知るはずもない亜希たちは、死なないために弦義の言葉に従うしかなかった。

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