第50話 噂
混戦を極める検問所にあって、弦義は一人馬上にいた。何人もの兵士や役人が彼を引きずり降ろそうと向かって来たが、その度に那由他と和世が気絶させる。
今や、弦義と三頭の馬の周りは死屍累々としていた。勿論、屍は一つもないのだが。
「弦義、大体落ち着いたがどうする?」
大半の人間を地面に沈め、那由他が問う。彼の持つ剣に血が全くついていないのは、その技量あっての結果だ。
那由他の近くでは、最後の五人を相手にする和世の剣が振るわれていた。刃の腹を使い、敵の腹を殴り飛ばしている。
「弦義、こっちは終わったぜ」
「もう向かって来る者はいないよ」
検問所の建物の中へと入り、中の敵を一掃してきた白慈とアレシスも合流する。彼らに頷き、弦義は一息ついた和世を呼んだ。
「数人、取り逃がした。彼らの行き先は王都だ」
「ということは、奇襲成功かな?」
「そういうことだ、アレシス。……さあ、向こうはどう動くか」
検問所であった場所は、半壊状態だ。挨拶代わりに和世が門を斬って倒し、その後の戦闘で建物や塀、門などには傷や穴が開いている。
弦義は飛び出して来る敵がいないことを確かめると、仲間たちと共に馬でその場を後にした。残ったのは、呻き声や痛みを訴える声のみである。
弦義たちが国境の検問所を破壊したとの知らせは、即刻その場にいた兵士や役人たちによって王都に知らされた。
汗まみれで奇襲を訴える彼らをいなし、退出させる。黙れと刃物をちらつかせてもよかったのだが、これ以上怯えさせても何も出て来ない。
兵士たちが退出した後で、野棘は継道を呼び出した。
呼び出しの兵士から簡単に事のあらましを聞いていた継道は、野棘が暴力的な八つ当たりに出る前に提案を口に出す。
「寧ろ、こちらには好都合では?」
「何だと?」
ピリピリとした態度を露にしたまま眉間にしわを寄せる野棘に、継道は「ええ」と首肯する。
「僕たちは、弦義を亡き者にしなければなりません。その敵が、こちらの施設を壊して国民を危険に晒した……。ならば利用しない手はない、違いますか?」
「うむ、確かにそうだ。我が国民を傷付ける者は、何者であっても許すわけにはいかん。――至急、国中に話をばら撒け」
「はっ」
継道が退出すると、野棘の顔には先程の苛つきは見られなくなっていた。それどころか、こちらに有利に働く動きをした弦義に対して、よくやったと褒めてやりたい気分である。
「お前の幸運もここまでだ、弦義」
野棘の指示通り、アデリシア王国中に噂がばら撒かれた。何故噂の形にしたかと言えば、その方が人々の心をくすぐり面白がって広げるからである。
内容はこうだ。『国賊たる弦義が、検問所を襲った。そこに詰めていた兵士や役人は怪我をし、大怪我を負った者もいる。中には、死者までも出たらしい』と。
勿論、嘘だ。本当は怪我人すらいない。何故かは知らないが、弦義は一人も傷付けずに国内に侵入している。
「チッ、面倒なことを」
怪我人や死人を出してくれれば、話は簡単だったのに。そんな物騒なことを考えながら、野棘は新たな命令を伝えるため、大臣たちを集める。
「弦義……国賊一行を捕縛しろ。生死は問わない」
野棘の焦りは、その声色に伝染した。怒気をはらみ苛つきを隠せない声に、大臣たちは震え上がって命令通りに動くしかない。
弦義と野棘の最後の戦いが、刻一刻と近付いていた。
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