最終章 アデリシア王国

ふたりの継承者

第49話 検問所

 馬で駆け、降雨の日を数日間耐え忍んだ。幸いにも誰も体調を崩すことなく、それから一週間後、弦義たちはロッサリオ王国とアデリシア王国の国境付近に辿り着いた。

 しかし、そこは依然と趣が変わっている。

「あんな検問所、あったか?」

 那由他が指し示したのは、崖下の道に設けられた門だった。一度アデリシア側を上から見ておこう、というアレシスの提案で駆け上った崖だったが、弦義は彼の判断に従ってよかったと胸を撫で下ろす。

「いや、あんなものをアデリシアで設けたことはない。少なくとも、父上が国王で会った時は、他国との国境は開かれて自由に往来出来たからね」

 そうでなければ、弦義と那由他は国境を超えることなど出来なかっただろう。あれを作ったのは、どう考えても野棘だ。

 改めて検問所を見詰めた弦義だったが、素直に検問に引っ掛かるわけにはいかない。捕まれば殺されることは目に見えていたし、殺されるつもりもない。

「他のルートは?」

「道はあるけど、どれも馬で行くことは出来ないな。近隣の村や町の人々が使う通路のような整備されていない道ばかりだ。そこを使っても良いけど、そっちも見張りがいることを前提にすべきだろうね」

 白慈の質問に首を横に振った弦義は、この場面をどう切り抜けようかと思案する。あまり時間を取られるわけにはいかないと知っているから、焦って良い考えも浮かばない。

「ここを無難に突破したとしても、何度も同じ手段で切り抜けられる保証などない。どうしたら……」

「弦義、正面から強行突破すれば良いのでは?」

「は?」

 悩みを深めていた弦義は、突拍子もない提案を耳にして顔を上げた。振り返ると、那由他が平然と続きを言ってのける。

「だから、あそこを破壊して進むんだ。どうせ、お前が国にいれば造ることなどなかった代物だろう? なら、ぶっ壊しても問題ない」

「確かに、あれがあったら他国の人もアデリシアの人も困るよね。見てよ」

 白慈が指差した先を見ると、検問所で取り調べが行われている所だった。商人らしき一団が役人と話しているのが見えるが、彼らの後にも何人か列を成している。

「あんなに並んでちゃ、目的地に着く前に日が暮れる。それに、通行料まで取るみたいだ」

「……確かに、邪魔だな」

「え。アレシス……?」

 馬の上で、アレシスが弓を構えている。ギギギと引き絞り、何かを狙う。

 アレシスが狙うのが検問所の門だとわかった瞬間、弦義は覚悟を決めた。

「どうせ、僕らはお尋ね者だ。だったら、野棘に教えてやろうじゃないか」

「その意気だ」

 和世が馬の腹を蹴り、いの一番に崖を下り始める。弦義と那由他はそれに続き、アレシスは強弓から矢を放った。

 ――パァンッ

 放たれた矢は真っ直ぐに落ち、商人を尋問していた役人の足下に突き刺さった。

「え……?」

 あまりに突然の出来事に、役人も商人も反応が出来ない。しかし、彼らを現実に引き戻したのは検問所の役人の声と商人たちの悲鳴だった。

「く、曲者だぁっ」

「な、何かが崖を下って来る⁉」

「逃げろ!」

 商人たちは役人の手をすり抜けて検問所を通り抜け、残ったのは役人たちだけだ。

 その役人たちもまさか何者かの襲撃を受けるなどと考えていなかったのか、丸腰でへたり込む者までいる始末だ。数人が佩いていた剣を取るも、崖を下りて来たものが何なのか、砂煙で見えない。

 ――ガッ……バタンッ

 何かが倒れる音がした。役人たちはそれが何かもわからず、呆然と立ち尽くす。

「な、何者だ……?」

「申し訳ないが、ここは通してもらおうか」

 砂煙が落ち着くと、役人たちの前には三頭の馬が立っていた。そしてそれらの上には、五人分の影がある。

 五人の見た目には共通点などない。それでも検問所の役人の一人が、ある人物に気付いて声を上げた。

「つ、弦義王子⁉」

「私を覚えている者がいたか。……仕事中で申し訳ないが、ここを通らせてもらおう」

「っ、させるか! 皆、捕まえろ!」

 役人の一人の声で、検問所全体が騒々しくなる。何処に隠していたのか、剣を持つ兵士が十人以上出張って来た。おそらく野棘が何処の検問所にも置いて、弦義たちを捕えるよう命じているのだろう。

「やるぞ、弦義」

 弦義の後ろで立ち上がった那由他が、腰の剣を抜く。少し前まで乗ることすら覚束なかった那由他だが、今では馬上で立つことなどお手の物だ。

 弦義が視線を巡らせれば、アレシスが強弓を構え、和世が剣を抜いている。更に白慈も背中の大刀を引き抜いていた。

「わかった。ただし、決して殺すな」

「「「「了解」」」」

 主の命は絶対だ。

「……っ」

 那由他は馬上から身を躍らせ、兵士たちの中心に着地する。驚きのけ反った兵士たちに向かって、剣を円状に振り舞わす。

「うわぁっ」

「た、助けてくれ」

 逃げ惑う兵士たちは気付いていないが、彼らの鎧の前側は横一文字に斬られて肌が見えている。那由他が鎧と服だけを斬ったためだ。

「ぼくも続こうか」

 そう言って微笑むと、アレシスの強弓が唸る。矢に襲われた者たちは、検問所の壁に貼りつけられて身動きを取れなくなった。

 暴れても、深く壁に突き刺さった矢は抜けない。それどころか、服を引き破って逃げ出そうとした者は更に矢を浴びる結果となった。

「行くぞ」

 和世は数人の兵士を相手にしていたが、その力量の貧弱さに気付く。数の力で押し切ろうとしていたのだろうが、和世の敵ではない。

「仕方ない。――はっ」

「グッ……」

 ばたりばたり、と和世の周りで兵士が気絶する。剣の底で鳩尾を突かれたのだ。

 周囲にいた兵士を全て倒すと、和世は那由他に合流するため駆け出した。走る間にも、向かって来た兵士や役人たちを気絶させていく。

「――っ、オレだって!」

「坊主、ここは遊び場じゃねえぞ?」

「ケッケッ。こんな子どもでも、廃王子の味方とはね」

 白慈を囲んでいるのは、ガラの悪い不良上がりの兵士だった。良識ある人材を片っ端から殺したり蟄居させたり追放したりして人材を失っていた野棘が、町の暗部に声をかけたために生まれた即席の戦力だ。

 しかし、そんな半端者に山賊あがりの白慈が遅れを取るはずもない。

「甘いよッ」

 一斉に躍り掛かって来た不良たちからバックステップで逃げると、白慈は自ら兵士たちの中へと舞い戻る。飛んで火にいる夏の虫だと兵士たちが思ったのも束の間、白慈は突然持っていた大刀を放り投げた。

 投げ上げられた大刀に、兵士たちの目が釘付けになる。

「やあっ」

 その隙を狙い、白慈は滑り込むように足払いをした。右手を軸として、踊るように兵士たちを転ばせる。

 更にそれに乗じ、アレシスの矢が飛んで来た。矢は起き上がろうとした兵士たちのズボンや服の裾、袖の端に突き刺さる。

「これで戦闘不能も同じでしょ」

「流石アレシス。助かった」

「白慈、次行こうか」

「おうっ」

 放り投げていた大刀を掴むと、白慈はアレシスの後を追った。

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