第42話 決闘

 翌朝。晴れ渡った秋の空の下、弦義は仲間と共に伊斗也と対峙していた。

「逃げずにきちんと来たな、弦義殿下」

「頼んだのはこちらですから」

 伊斗也は王としての着飾った衣装ではなく、兵士の鍛錬用の服に近いものを着ていた。汚れの目立たない濃い灰色のぴったりとした上下に、黒いベルト姿だ。彼の手には、愛用らしき大きな剣が握られている。

 対する弦義は、借り物の同じ服装だ。彼の手にも、旅を始めてからずっと使い続けている剣がある。冷たく手に馴染む感触に、弦義は気を引き締めた。

 アデリシアのコロシアムに似た建物は、中の構造もよく似ていた。決闘場を囲むように客席が作られ、階段状の席には既に客がいた。

 伊斗也によれば、彼らはグーベルク王国の要職者だという。その中に、弦義が昨晩であった桜花の姿もあった。彼女は大臣たちと少し離れた席にルーバルクと共にいる。

「……」

 弦義の視線に気付いたのか、桜花はわずかに目元を柔らかくした。彼女の微笑に、弦義の胸の奥が大きく跳ねる。

「……?」

「弦義、どうした?」

「何でもない。大丈夫だ」

 わずかに朱のさした頬を誤魔化すように笑うと、弦義は那由他に手を振ってみせた。少し不審がる表情を見せた那由他だったが、深追いはせずに頷く。

 那由他が数歩下がると、そこには仲間たちの姿がある。フィールドには伊斗也と弦義しか入ることを許されず、那由他たちは客席よりも彼らに近い場所に腰掛けた。

 主であり無二の友である弦義の背を見詰め、那由他は微動だにしない。隣に座るアレシスは、彼が息をしているのか心配になってしまった。

「那由他?」

「何だ」

「よかった、生きてたか」

「?」

 乏しい表情に疑問符を浮かべた那由他だが、アレシスが「何でもないよ」と笑うと視線を戻す。彼の視線が固定されている意味を察し、アレシスは少し可笑しくなった。

「那由他、本当は凄く心配なんだね。顔に書いてあるよ」

「……」

「アレシス、那由他には聞こえてないよ」

 那由他を挟んで向こう側に座る白慈が笑い、足をふらふらとさせた。彼の隣には、那由他と同様に弦義を見詰める和世の姿がある。

「弦義は、かなり強くなった。身も心も、きっと当初の比ではない。だが……」

 和世の視線が、決闘相手である伊斗也へと移る。準備運動を終えた伊斗也は、軽く剣を振り回している。一切のブレなく、体の芯がしっかりとしているのがわかる動きだ。

「相手は、強敵だ」

「大丈夫だよ。オレらが信じずに、誰が弦義の勝利を信じるんだよ」

 白慈の弦義の勝利を疑わない言葉は、声には出さずとも全員の思いでもあった。少年の言葉に三人は頷き、黙して決闘を見守る。

 一方フィールド上では、二人の睨み合いが続いていた。

「準備は良いか?」

「いつでも」

 言葉少なに応じる弦義は、ごくりと喉を鳴らす。緊張でわずかに震える手を叱咤し、ぐっと力を入れた。足下も踏み締め、決して負けまいという気迫に満ちる。

 そんな真っ直ぐな性根の青年を、伊斗也は微笑ましく見ていた。自分に息子がいたら、こんな風に育てたいと思う程度には、弦義を気に入っている。

 しかし、決闘では話が別だ。

(全身全霊で、叩き潰す。それが礼儀だ)

 一瞬目を閉じて呼吸を整えると、伊斗也は戦闘モードに切り替わる。

「行くぞ」

 二人の剣には、透明なカバーが被せられている。それは刃部分の切れ味を半減させるためのものであり、この決闘が命の奪い合いではないことの証明だ。ただし、それでも全く切れないというわけではない。肌にあたれば斬れる。貫通しないというだけの話だ。

「はい。―――っ」

 唐突に、決闘の火蓋は切られた。

 電光石火で弦義の懐に飛び込んできた伊斗也は、剣を一閃させた。間一髪でそれを躱すと、弦義は地を蹴ってお返しとばかりに剣を振るう。

「だあっ」

「甘いっ」

 伊斗也は軽い動作で弦義の剣を弾くと、バランスを崩した弦義の足を払った。

「うっ……くそ」

 体が不意に浮き上がり、弦義は慌てた。その隙に乗じて背中に叩きつけられようとした伊斗也の剣を、体を捻って避ける。ザッと音がして、地面に割れ目が出来ていた。

「……残念」

 伊斗也が不敵な笑みを浮かべ、土煙が舞う。彼の剣が地面を割ったのだ。

 それを目にした瞬間、弦義はぞっとした。しかし、足が地につくと同時にその感情を振り払う。臆すれば、負ける。

 弦義はステップを踏んで体勢を整えると、斬り込んで来た伊斗也の剣を受け止めた。キンッという金属音が響き、見ていた那由他たちの腰が浮く。

「グッ……」

「弦義、どうした? もう終わりか?」

 挑発する伊斗也の顔は、本当に楽しそうだ。ぐぐぐ、と力を加えていくと、弦義の足が地面を削る。仰向けに近い状態で、弦義は耐え忍んでいた。

 歯を食い縛り、脱出経路を探る。しかし明確な道筋を描けず、全身で受け止めることで弦義の顔が赤くなる。汗が噴き出し、剣を握る手が震える。

「……っ、負け、るか」

「そうだ。決して諦めるな」

 体力の限界を意識して、弦義は苦し紛れの言葉を吐く。決して諦めず、全てやり遂げて見せる。その決意表明に、伊斗也は笑った。

「う……ぁあああああっ」

「なっ」

 唸り声に似た叫びと共に、弦義の押し返す力が増す。瞳に力が宿り、伊斗也を確かに威圧する。そして徐々に近付いて来る剣に、伊斗也は驚きを隠せない。と同時に、やはりと呻る。

 驚きで伊斗也の力が抜けた一瞬を突き、弦義が剣を弾き返した。サッと跳び退いた伊斗也の元いた場所には、弦義が剣を振り下ろす。

「はああぁぁっ」

「ふんっ」

「くっ」

 真っ正直な弦義の剣を打ち払い、伊斗也の剣が弦義の腹を捉えた。身を引いたためにクリーンヒットは免れたが、横腹を斬られその部分の服が染まる。

 激痛が弦義を襲い、思わず片膝をついた。

「弦義!」

 身を乗り出した仲間たちの中で、那由他が叫ぶ。その悲痛な声に、痛みで鈍った弦義の意識が浮上した。

「……っ」

「ほう、まだやれるか。ただの王子様ではないようだな」

「あたり、前だ。は、決して立ち止まらない」

 元王子として振る舞う際の一人称『私』を使う余裕はない。

 弦義は横腹を庇う手を離すと、両手で剣を構えた。どくどくと血が足を伝って流れ落ちるが、無視をする。途切れそうになる意識を痛みで繋ぎ止め、一矢報いるために前を向く。

 大きく息を吸うと、その分出血が増える気かする。最大の力を使えるのは、次の一回のみになる。弦義は足に力を入れると、伊斗也に向かって駆け出した。

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