第38話 兄弟子

 翌朝、五人はようやくグーベルク王国の王都ヴェルシアにやって来た。

「うわぁ、賑やかだな」

 白慈の感嘆の声は、人々の声に埋もれてしまう。王城下町であるヴェルシアには、他国からもたくさんの人々が集う。交易品や土地のもの、人の交流が目まぐるしく行われているのだ。

「何処の王都も、同じように賑やかなんだな」

「人と物が集まるのは同じだもんな。……おっと」

 きょろきょろと周りを見渡す那由他と、走って来た子どもを躱す弦義。子どもを追う母親に「すみません」と頭を下げられ、弦義は「いえいえ」と笑みを浮かべた。

 母親に捕まった子どもが、手を振っている。それに手を振り返し、弦義はフードの位置を直した。 

「ところで、アレシスの知り合いとは何処で会うんだ?」

 賑やかな繁華街を過ぎ、少し町並みが落ち着いて来る。そのタイミングで、和世が道案内を買って出たアレシスに問う。

 するとアレシスは、後ろ歩きをしながら後方を指差した。

「もうすぐ、待ち合わせ場所だ。……本当は一つ前の町でと思っていたけど、あんなこともあったし、これでよかったのかもしれないね」

「今更だけど、知り合いって一体……?」

「それは――あ」

 再び前を向いて歩いていたアレシスが、誰かに向かって手を振る。彼の背中からひょっこりと顔を出した弦義たち四人は、王城に繋がる門の前に立つ人々に気付いた。

 門の前で待っていたのは、きちんとした身なりの男女五人だ。彼らは、何処かの騎士団に所属しているのかと思う軍服を身に着けている。黒を基調とした緊張感のあるデザインだ。

「お久し振りだね、みんな」

「ええ、アレシス様」

 アレシスの挨拶に、五人の中で真ん中に立っていた女性が返す。彼女ともう一人の男性の軍服は、他の三人よりも華やかなものになっている。この二人は、三人とは位階が違うのかもしれない。

「あの、アレシス。彼女たちは?」

「紹介が遅れたね、弦義」

 戸惑う弦義たちに、アレシスはにこやかに五人を紹介する。

「先程の女性は、ルーバルクさん。隣のいかつい人は勝悟しょうごさんだ」

「ルーバルクと申します。宜しくお願い致します、弦義殿下」

「勝悟です。王の元までご案内致します」

「こちらこそ、宜しくお願い致します。……弦義です」

 アレシスの紹介に続き、ルーバルクと勝悟が一言挨拶をする。弦義は彼らに頭を下げた。

 それから、同行者である那由他と白慈、和世についても簡単に紹介した。和世はこういった場に慣れているのか丁寧に礼をしたが、那由他と白慈は不器用な礼をする。

 ルーバルクは茶色のストレートヘアをそのまま背中に流している、キリッとした目元の女性だ。彼女が正使だという。

 勝悟は細身のルーバルクとは対照的に、ガタイの良い体つきをしている。癖のある黒髪を持ち、笑うと目元にしわが寄る。彼は副使だ。

「三人のことは、わたしから」

 ルーバルクがアレシスの許可を得て、自分の背後を固める三人を振り返る。右と左は男性だが、真ん中の一人は女性だ。

「彼らは、わたしたちの護衛です。右から、がくあまね流利りゅうり。腕利きですから、殿下たちも何かあれば彼らも頼って下さいね」

「わかりました。楽さん、周さん、流利さん、宜しくお願いします」

「何なりと、お申し付け下さいませ」

 流麗な仕草で、周が頭を下げる。他の二人もそれに倣い、厳かな雰囲気がその場に流れた。

「さあ、挨拶はそれくらいにしよう」

 パンパンッと手を叩き、アレシスが弦義を促す。そうだったと我に返り、苦笑しつつも弦義はルーバルクと目を合わせた。

「では……、グーベルク王国の国王陛下にお会い出来ますでしょうか?」

「アレシス様から伺っております。こちらへ」

 ルーバルクの指示で、楽と流利が門を押し開ける。ギギギと重い音がして、王城への入口が開かれた。


「こちらへ」

 王城の中へと通された五人は、真っ直ぐに応接室へと通された。落ち着いた色目のソファーが四つ、向かい合わせに置かれている。その真ん中にはシンプルなテーブルがある。

「こちらで、少しお待ち下さいませ」

 水を出し、ルーバルクたちは退出する。パタンと戸が閉じたことを確認して、白慈が目の前に座るアレシスに向かって身を乗り出した。

「で、何でお前は知り合いなんだ? アレシス様って呼ばれてたし!」

「そうだね。アレシスは、この国の出身ではないだろう? 父親が商館で働いていたとはいえ、共に異国へ行くわけもないだろうし」

 和世も白慈に同意し、首を捻る。その点は弦義も気になっていたことだったため、どうなんだとアレシスに尋ねた。

 すると困ったように微笑んだアレシスは、実はと種明かしをしてくれた。

「ぼくの兄弟子あにでしが、この国の現国王なんだ。昇矢という師匠については話したと思うけど、幼い頃、一時期だけ一緒に稽古した仲なんだよ」

「現国王と……」

「兄弟弟子⁉」

「へえ……」

 和世と白慈、那由他がそれぞれに反応を返す。弦義も驚きに言葉を失ったが、気を取り直して「じゃあ」と前置きをした。

「あの時手紙を出したのは、グーベルクの陛下に向けて?」

「そういうこと。あの人に許可を取っておけば、大抵のことは出来るからね」

「成程……」

 これで、アレシスが様付けで呼ばれていたことにも納得がいった。彼は国王の兄弟弟子で、おそらく友人関係にある。国王の友をないがしろには出来ないということだろう。

 アレシスの謎が解かれた直後、戸がノックされた。弦義が代表して返事をすると、一人の男性が部屋にやって来た。

 男性はアレシスよりも少し年かさに見えるが、年齢はわからない。癖のない黒髪と、切れ長の青い目が鋭く光る。

 彼は堂々とした歩きで空いていたソファーに腰を下ろした。突然加わった男に、弦義たちは唖然として動けなくなる。

 しかし、アレシスだけは違った。

「ふふっ。そろそろ正体を明かしてあげては如何ですか? 陛下」

「そうだな。……では」

 陛下と呼ばれた男は鷹揚に笑うと、居住まいを正して五人を見回した。

「改めて、名乗ろう。俺の名は、伊斗也いとや。このグーベルク王国を継いで間もない、若輩者の国王だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る