第39話 条件

「あなたが、この国の王……」

 弦義は、軽く絶句した。たった五年程で小国の集まりだったグーベルクをまとめ上げ、時には武力で制圧した若き国王。本人が目の前にいるのだ。

「そうだ。あなたはアデリシア王国の第一王子だと聞いている。最近政権が交代したという手紙を貰っていたが……何か事情がありそうだな」

 弦義を偽物の王子だと揶揄することもなく、伊斗也いとやは顎に指をはわせる。そして、彼は向かい側に腰を下ろしているアレシスに向かって尋ねた。

「アレシス、お前までやって来るとは思わなかったぞ。それに、諸国を旅しているという話だけは聞いていたが……どういう風の吹き回しだ?」

「酷い言い様ですね」

 苦笑したアレシスは、ふと視線を弦義に向けた。しかし、弦義が目を合わせる前に逸らしてしまう。

「ぼくは、彼らが気に入ったんです。ぼくの音には『心がない』なんて言われて、興味を持たない方がどうかと思いますよ」

「へえ……。詳しく話してみろ」

 身を乗り出した伊斗也に、アレシスは自分が弦義の一行に加わった経緯を事細かに語ってみせた。宿を紹介したのに消えてしまった四人を追ったこと、刺客に襲われたこと。いつの間にか、話は仲間が五人になってからのことへと移行していた。

 ふんふん、と伊斗也は相づちを打ちながらアレシスの話を聞いている。二人の様子を見ながら、弦義たち四人はこれまでの旅を思い出していた。

「――成程な。それで? 弦義殿下は俺に何の用だ」

「実は、兵力をお借りしたいのです」

「兵力? アデリシアの現国王に、武力で戦いを挑むのか? ……無謀だろう」

 弦義たち五人を隅々まで見て、伊斗也は眉間にしわを寄せて首を横に振った。引き締まった筋肉を持ち合わせる彼からすれば、弦義たちはか弱く見えるだろう。

 呆れ顔の伊斗也に、弦義は更に提案を持ちかける。勿論、不審がられることは織り込み済みである。

「無謀なことはわかっています。兵力をお借りするにあたって、基本的に彼ら兵士を戦わせるつもりはありません」

「どういうことだ?」

 ますますわからないという顔をする伊斗也に、弦義は苦笑いをする。

「戦うとすれば、私たち五人のみです。もしかしたら彼らの所にやって来る敵もいるでしょうから、その時は撃退して頂きたいんですが。……兵士の皆さんにして頂きたいのは、篝火かがりびを炊いて松明を手にしておくことです。そうすることで野棘側に、僕の背後には二つの国があるんだということを知らせる狙いがあります」

「成程、ね」

 眉間にしわを寄せながら唸った伊斗也は、天井を仰いだ。兵力と言えば、戦いにかり出されるものだという認識があるだろう。力こそ正義だという考え方が多数を占める国だ。

 しばし無言を貫いた伊斗也は、腕を組んで弦義と目を合わせた。

「申し訳ないが、今すぐに結論を出すことは出来ない。だが、貸すかどうかを決める方法はある。先にそれで決定しよう」

「決める方法、ですか?」

 眉間にしわを寄せる弦義に、伊斗也は「そうだ」と頷いた。右手の親指を背後に向け、ついて来いと示す。

「あの、陛下……」

「弦義、行こう」

 立ち上がって背を向けて歩いて行ってしまう伊斗也に困惑する弦義を、アレシスが促す。行けばわかると言うアレシスの言葉を信じ、弦義は那由他と白慈、和世と共に応接室を出た。

 伊斗也の背を追うと、やがて外に出る。彼の歩幅は大きく、白慈は追うだけで駆け足だ。

 門を出て、城下町に向かうのかと思えばそうではない。王城の壁に沿うように進み、小高い丘を見上げる場所に立つ。

「あれが何かわかるか?」

「何ですか? ……建物?」

 伊斗也が指差すのは、丘の上に立つ四角い建物だ。白い石を使って造られた大きな構造物には、こちらを威圧するような険しい顔をした竜が入口の門に彫刻されているのがわかる。丘の下からは見えなかったが、伊斗也に案内されて近付くことで見ることが出来る。

 そっと壁面に手を這わせた弦義は、その質感に覚えがあって目を見開いた。

「まさか」

「そのまさか、だ」

 伊斗也はその建物を、コロシアムに似せて造った鍛錬場だと言った。

「主に兵士たちの鍛錬の場として使っているが、今回は決闘場として使う」

「決闘。まさか、決める方法とは、決闘で決めるということですか?」

「大正解だよ、弦義」

 パチパチと手を叩いた後、伊斗也は自分について来た五人を見回して破顔した。

「明日の朝、ここで俺と殿下が決闘する。殿下が勝てば、目的はどうあれ兵士たちを貸し与えよう。ただし負ければ、この話はなしだ。殿下には悪いが、他の国をあたってくれと言わざるを得ない。―――それでも?」

「わかりました。やります」

「ふっ。即答か」

 期待通りだと笑い、伊斗也は一行を連れて再び王城へと戻った。元の応接室で、五人は伊斗也から決闘のルールなどについて聞く。

 決闘は、当たり前だが一対一で行われる。通常は互いに相手が戦闘不能、又は死ぬまで終わらない。しかし今回は、どちらが死んでもいけない。どちらかが負けを認めれば終わるという特殊ルールが採用された。

「明日の朝十時、あの門で待ち合わせよう。その時、いつでも戦える準備はしておいてくれ」

「承知しました」

 真っ直ぐな弦義の目を見て、伊斗也はフッと微笑んだ。

「お前たちの部屋は用意がある。今晩はそこに泊まると良い」

 それだけ言うと、伊斗也は弦義たちの返答を聞くことなく、その場から去って行った。彼と入れ替わりに、小走りでルーバルクがやって来る。

 彼女と共に勝悟もいたのだが、伊斗也の護衛役になったために引き返してしまった。

「こんなところにまで申し訳ありません、皆様」

 帰ろうとしていた伊斗也に苦言を呈していたルーバルクは、頭が痛いという顔で弦義たちに頭を下げる。しかし伊斗也の自由さに手を焼いているのだと察した弦義たちは、彼女の頭を上げさせた。

「謝らないで下さい、ルーバルクさん。私が無理な頼みをしたのですから」

「……弦義殿下は、人が出来ておいでですね。陛下にも見習って頂きたいものです」

「ルーバルクさん?」

「―――っ。いえ、何でもありません。まいりましょう」

 我に返り、ルーバルクは客人たちを先導するために彼らに背を向けた。しばらく歩き、くるりと後ろを確認する。すると、すぐ傍に白慈と名乗った少年がついて来ていた。

「ねえ、ルーバルクさん」

「何ですか?」

「伊斗也陛下ってどんな人?」

 キラキラと好奇心に輝く白慈の目に見詰められ、ルーバルクは内心たじろぐ。しかし表面上は冷静を保ち、少し歩く速度をゆっくりにした。

「そうですね。……人々をまとめる能力に長け、ご自身で武器を扱う腕も一級です。だからこそ幾つもの小国をまとめ上げ、この国を造ることが出来ました。私は、陛下を敬愛しています」

「へえ……。とっても頼もしい人なんだね」

「ええ、そうなんです」

 白慈の素直な言葉に、ルーバルクは笑みを零す。頼もしい代わりに自由人ですぐに何処かへ行ってしまう、部下泣かせなのだとは言わない。

 弦義たち四人は、誰にでも臆することなく向かって行く白慈を頼もしく、また少しハラハラしながら見守っていた。

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