第36話 王都へ

 それからの数日は休憩を挟みつつ、弦義たちは馬を駆け続けた。林を抜け、谷を渡り、町を通り抜けてグーベルク王国の王都・ヴェリシアを目指す。

 廃王子たちの動向を探らせていた野棘は、密偵の一人から弦義がグーベルク王国の領地内に入ったと知らされて奥歯を噛み締めた。

「くそっ、もうそこまで行ってしまったのか! つまり、ロッサリオ王国との同盟は結んだということだろう。このままグーベルク王国とも結びついたとするならば、こちらに圧力をかけて来ることは間違いない。……ようやく取り戻した我が祖国を、そうやすやすと手放すものか」

 密偵を再度探りに向かわせた後、野棘は執務室でそう呟いた。机の上に広げられていた書類の一部が、野棘の手の指でくしゃくしゃになる。

 握り潰すように書類をしわだらけにすると、野棘は継道を呼ぶ。

「お呼びですか?」

「ああ。調べていた密偵から報告があった」

 前置きをして、野棘は密偵から受けた報告内容を継道に伝える。何組もの刺客を退けて、弦義は確実に殺しにくい存在になりつつあった。

 ただの王子で何も出来なかったはずの子どもは、今や野棘の対抗勢力の柱になろうとしている。元処刑人などに全て委ねるのではなく、自ら戦おうとしているのだ。

「……あの時、王と共に殺してしまえば楽だった」

 ぼそりと呟かれた野棘の言葉は、継道のみが聞いている。決して外には漏れない、王者の闇だ。

「では野棘様、一つご提案があります」

「提案?」

 暗い瞳を上げ、野棘は継道を見た。その目を真っ直ぐに見て、継道は無感情に告げる。

「元王子は野棘様の策の甲斐あって、アデリシアでは父を殺した大罪人として認知されています。それを利用すれば、彼の心を折ることは簡単なことではありませんか?」

「つまり、民を利用し屠る……成程な」

 野棘の瞳に、黒い影が宿る。己の権力をより盤石にするために、野棘はもう一手打ち出すことに決めた。


 和世がロッサリオ王国の国王への手紙を出した五日後、弦義たちはようやくグーベルク王国の王都・ヴェリシア目前の町へとやって来た。ここで馬を返却し、徒歩で王都へと向かう。

 弦義たちが町に着いたのは、その日の昼過ぎ。一先ず腹ごしらえを終え、宿を取った。

「明日、ぼくの知り合いが王都を案内するために人を寄越してくれる手筈になってる」

「明日、か。今日にすることは出来ないよな?」

「残念ながらね。このまま突入しても良いけれど、弦義には不都合だろう?」

 アレシスに問われ、弦義は頷くしかない。

 王都に近付くにつれ、指名手配された自分に関する噂を耳にするようになった。曰く、王族全員を殺して逃げた。曰く、政権強奪を目論んだが失敗して追われている。

 どちらの噂も、その他の噂も尾ひれ以外の様々なものがくっついて真実を隠している。そもそも、弦義は王族の誰も殺していない。前提から操作された噂話は、人々の口から口へと伝えられた。

「今や、僕は顔を隠しておかないと歩くことすら出来ないから」

 フード付きのマントを羽織り、フードを目深に被る弦義は苦笑する。

 金色の長髪を持つ青年に、銀髪の騎士、更に碧髪の少年と眼帯付きの青年、そしてフードを被った者。充分他人の目を惹く一行だが、本人たちにその自覚などない。

「ねえ、あれが王都?」

 宿の部屋から町を見ていた白慈が、何かを指差して問う。弦義が窓から身を乗り出すと、夕焼けに染まった町が一望出来た。ここは、高台にある宿屋である。

 白慈が指差す先に見えたのは、現在地よりも南に位置する大きな町だった。それこそが、目指す大都市である。

「そうだよ、白慈。あれがヴェリシアだ」

 ヴェリシア。弦義の他国の力を借りる旅の到着点であり、最後の戦いへの始まりでもある。夕暮れに照らされ赤く染まったヴェリシアの王城は、大きな都市の中でも存在感を示す。

 あの城の主に、弦義たちは会いに行く。

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