第3章 グーベルク王国
友を護る
第34話 馬上の旅
船を降りて数日経ち、弦義の傷の具合は落ち着いた。塞がった傷口は痛々しいが、包帯を取りいつも通りにしている。
「もう大丈夫か、弦義?」
前を歩く白慈が後ろ歩きをしながら訊いて来て、弦義は笑みを浮かべて「ああ」と頷いた。
「白慈のお蔭だ。あの薬草が効いて、毒の作用もない。流石だな」
「ふふっ、褒めても何も出ないぞ」
前を向き歩き出した白慈だが、その耳は赤い。照れ隠しだとわかっているから、弦義もそれ以上は何も言わずに前を向く。
グーベルク王国に入ったとはいえ、まだまだ辺境だ。目指すべき王都までは、歩いていたら一ヶ月はかかる、と船を降りた町で言われている。
「さて、どうするかな」
二つ目の町で昼食を摂りながら、弦義は購入した地図を見詰めていた。出来る限り早く国王にお目通り願いたいが、空を飛ぶ手段でもない限り一足飛びに移動することは不可能だ。
「こうしている間にも、国が……っ」
「食えよ、弦義」
「これ……」
「そこの屋台で買って来た。こっちがパンにコロッケ挟んだやつ。こっちは川魚のフライが挟んである。どっちが食いたい?」
「え……。じゃ、じゃあこっちの魚」
「ん」
那由他がフライを挟んだパンを手に取り、弦義に向かって突き出した。弦義がそれを受け取ると、那由他は残ったコロッケパンを口に運ぶ。中のいもが熱いのか、少し眉をひそめている。
「歩くのに時間がかかるなら、馬はどうだ?」
「馬?」
「そう。ほら」
和世が指差した先には、馬貸の文字を掲げた店があった。傍には何頭もの健康そうな馬が並び、歩行者が時折ちょっかいをかけている。中には長旅でもするのか、店に入って行く者もいた。
手に持っていたクリームコロッケサンドを食べ終わると、和世が「よし」とサンドイッチを包んでいた紙をくしゃりと潰した。
「今から交渉してきます。馬は……三頭で良いですよね」
「僕は乗れるけど……みんなは?」
弦義が尋ねると、四人はそれぞれに応答する。
「オレは乗れないぞ? 馬なんて、乗ったことない」
「おれは乗れます。何なら遠駆けも」
「ぼくは何度か経験がある」
「……俺は、ない」
「僕も乗れる。じゃあ、僕の馬に那由他が、アレシスの馬に白慈が乗って。和世は、何かあった時に自由に動いてもらうから一人の方が良い」
「承知した」
「本当なら、僕が行くべきなのに。ありがとう」
「気にしないでくれ。弦義を行かせるわけにはいかないから」
和世は席を立つと、町の喧騒に紛れていった。彼の姿が見せの中に消えるのを見送り、弦義はふと呟いた。
「……和世は変わったな。壁がなくなったように思える」
「自分のことも『私』じゃなくて『おれ』って言うようになったしね。だけど、前からその片鱗はあったよ」
「そうなのか?」
弦義が首を傾げると、卵サンドを食べ終えた白慈は「そうだよ」と楽しげに笑う。
「毎朝、弦義と鍛錬してたでしょ? その時も楽しそうにやってたから、本当はもっと早くこうしたかったんじゃないかな」
「……遅かったかもしれない。だけど今、こうして友人になれた。これでよかったんだと思う」
「どうかしたのか?」
「いや。お帰り、和世」
「ただいま。後で迎えに行くと言って、馬を三頭借りて来た。食べ終わったらみんなで行こう」
契約書を持った手を振る和世は、その紙を弦義に差し出した。主が持っていてくれという意味だが、それを正確に察した弦義がそれを受け取って鞄に入れた。
「食べ終わったし、馬も手に入った。そろそろ行こうか」
アレシスはサラダサンドを食べた手をハンカチで拭き、水を飲み干す。そして、準備万端だと示すように弓と矢筒を背負う。
那由他と和世は佩いた剣を確かめ、白慈は大刀を背中に負う。それぞれの支度が整い、弦義は「よし」と号令をかけた。
「行こう。馬で駆ければ半月……いや、それ以下で行こう」
「邪魔者は全て斬り伏せる。任せろ」
若干不穏な気配を那由他から感じたが、弦義はあえて口にしない。
五人は無事に馬を手に入れると、王都近くの提携店を紹介してもらった。その店に馬を返せば、契約を果したことになる。
慣れた動作で馬にまたがった弦義とアレシスがそれぞれ那由他と白慈を乗せ、彼らの後ろを和世が護る。
「はぁっ!」
弦義が馬の腹を蹴り、疾走が始まる。
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