第33話 和世の判断

「殿下、ご気分は?」

「もう大丈夫です。ありがとうございます、アレシスさん」

 四人を見守っていたアレシスが、そっと弦義に水の入ったコップを差し出す。それを受け取って中身を飲み干し、弦義は柔らかく目を細めた。

「矢を受けた時は正直、どうしようかと思った。だけど、こうやってみんな無事だったんだから無駄ではなかったね」

「……それについて、私から礼を言わせてください」

「和世どの?」

 首を傾げる弦義の前に立ち、和世は頭を下げた。

「あの時毒矢から助けて下さり、本当にありがとうございました。でも、あなたが身代わりになったと気付いた時には、血の気が引きましたよ」

「し、心配をかけました」

「本当ですよ。……は、あなたを主として認めたいと言わなければと思っていたのに」

「!」

 一人称が変わると同時に、言葉遣いがわずかに軟化する。和世の言葉に衝撃が走り、弦義は勢いのままベッドから立ち上がった。少し目線が上の和世を見上げ、もう一度聞かせて欲しいと頼む。

「おれは、あなたを信頼に足ると判断しました。ですから、ロッサリオ王国から援軍を出せるはずです」

「和世どの……」

 思いがけない和世の言葉に、弦義は胸がいっぱいになる。感激してそれ以上言葉も出ない弦義に、和世は「一つ、お願いがあります」と膝を折った。

「僕に出来ることなら」

「では……おれのことは『和世』とお呼びくださいませんか?」

「! だったら、僕のことも『弦義』と」

「それは……っ。わかり、ました。弦義」

 不承不承の体で頷く和世に、弦義はくすくす笑いながら付け加えた。

「それから、敬語も禁止で」

「―――っ」

 目を瞬かせる和世は、弦義にじっと見詰められた観念した。両手を挙げて降参を示し、諦めた声で「わかったよ、弦義」と応じた。

「ありがとう、和世。……アレシスさん、あなたにも名で呼んでもらえると嬉しいのですが?」

「弦義がそう望むなら」

「お前、順応早いな」

 驚いた白慈が茶々を入れるように言うと、アレシスは「そうだろう?」と笑ってみせた。

「僕は、和世のように背負うものがないから。比較的気楽なんだよ」

「そんなもん?」

「そんなもんだよ」

 多くは語らないが、アレシスは何処か重いものを肩から降ろしたような顔をしていた。それは和世も同じのようで、ようやく自分らしく振る舞えるためか表情が柔らかい。

 そんな旅の同行者たちの変化が嬉しくて、弦義は傷の痛みを忘れて微笑む。

「なんだか、ようやくみんなと友だちになれた気がする」

「友だち?」

 きょとんとした和世に、弦義は「違うのか」と寂しそうな顔をする。主と定めた相手の顔を曇らせてしまい、和世は慌てた。

「ち、違わないんだが……友だちなんて言葉を言われたのは、随分と久し振りだ」

「和世は頭硬いからな。騎士としての自分しか許してなかったんだろ、今までは」

「硬いって、酷いな」

 文句を言いつつも、和世の表情は明るい。

 互いのつかえが外れたことで、五人の間の空気が柔らかいものへと変化しつつあった。その中で、那由他は目覚めた弦義がまだ何も胃に入れていないことに気付く。

「朝食に何か持って来る。待ってろ、弦義」

「うん。ありがとう、那由他」

 部屋を出る那由他を見送り、弦義はふとアレシスに尋ねる。

「アレシス、僕はどれくらい眠っていた?」

「襲われたのは昨日。もうすぐひるだから、ざっと一日半かな」

「一日半。……足止めさせられたことになってしまったな。早く、グーベルク王国へ向かわないと」

「弦義、まだ寝ていろ」

 ベッドから立ち上がろうとした弦義の肩を、和世が押し戻す。でも、と訴える弦義に、今度は白慈が苦笑して見せた。

「オレらの王子様はせっかちだな。大丈夫、何があってもオレたちは負けない。それに、傷が癒えないままに動いても良いことは何もないぞ」

「せめて、腹に何か入れてからにすることだね。腹が減っては戦になど出られない」

「う……わかった」

 和世のみならず、白慈とアレシスにも止められ、弦義は抵抗しようとする気をなくした。大人しく那由他を待ち、彼が宿の台所から貰って来たおにぎりを二つ平らげる。

「ご馳走様。ありがとう、那由他」

「どういたしまして。休んだら、行こうぜ」

「……ああ」

 それから一時間後、弦義たちの姿は船の上にあった。

 当然だが弦義たちの船を操った船長は、この船宿の者ではなかった。前日、船長として雇って欲しいと頼んできた男だという。彼の正体を知らずに船を任せたことを悔いた宿主が、特別に時間外の船を出してくれたのだ。

 しきりに謝られ、船代も無料にしてくれた宿主に礼を言い、弦義たちはようやくグーベルク王国の領地に足を踏み入れた。

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