第31話 共にいる理由

 その傍で、もう一つの戦いが始まった。

「お前、ただの船長じゃないな?」

「若い時は、いっぱしの悪でね」

 当時を思い出したのか、船長は櫂を木刀のようにブンッと振って見せた。それは直撃を受ければ骨が折れそうな程の威力とスピードを兼ね備え、和世は思わず息を呑んだ。

 それでも、立ち向かわないという選択肢はない。和世は覚悟を決め、愛用の剣を構えた。

「はあっ!」

「くっ」

 重い金属音が響き、櫂と剣が火花を散らす。打ち合い離れることを何度も繰り返し、徐々に互いの攻撃スピードが上がっていく。

 息が上がり、緊張感は増す。和世は集中を切らしていないつもりだったが、一瞬の隙を突かれて腹に櫂を受けてしまう。

「かはっ」

 なんとか踏み止まったが、急速に吐き気を覚えて動きが鈍る。それを好機と踏み、弓矢使いが持っていた矢と別のものを矢筒の中から取り出した。

「あれはっ」

 アレシスが気付いて射落とそうとするが、船長に矢を弾かれた。その隙に、弓矢使いの矢が和世を捉える。

「和世くん」

「ぐっ」

 痛みが引きかけたものの瞬時に動けない和世は、無理矢理動こうとした。その時、漕ぎ手を失った船が傾ぐ。船の揺れにあおられ、和世はうまく動くことが出来なかった。

(まずい、このままじゃ!)

 傾ぐ自分の視界に、毒々しい色をした矢が迫る。あれを受けたら、戦えなくなる。そんな直感が合った。

「「「和世!」」」

 三人分の声が重なる。白慈とアレシス、そして那由他の声だ。更に、瞬発的な焦燥に駆られた那由他が更なる言葉を発する。

「やめろ、弦義!!」

「でん、か……?」

 和世の喉が震える。目の前で、深い藍色が揺れた。

「殿下!」

「ごめん、和世どの……」

 苦しげに微笑み、弦義は気を失った。


 ――きみは、目覚めないといけない。

 眠る弦義の心に、直接語り掛けて来る声がある。その声の主を知りたくて、弦義は彼の後ろ姿に手を伸ばした。

「待ってくれ。きみは、きみは一体誰だ?」

 ――おれは……。

 振り向いた青年を見た瞬間、弦義はある人物を思い浮かべた。

「似てる」

 声も表情も、違う。それでも、似ている。何かがかみ合う音が響いた。

「もしかして、きみは」

 ある名を口にした弦義に、青年は肯定を意味するように笑って頷いた。


「殿下、殿下!」

「落ち着いて、和世くん」

「これが落ち着いていられるか!? ……あ、いられ、ますか」

 弦義が倒れ、和世たちの攻撃は一気に勢いを増した。一秒でも早く弦義を陸で休ませ治療するため、手加減などしている余裕がなくなったのだ。

 そのため、元船長と弓矢使いは腕と足を折られて地元の警吏組織に引き渡された。勿論、引き渡したのは船宿の人々だ。和世たちは、国家に近い人々に顔を見られるわけにはいかないのだから。

 騒動は落ち着いたものの、船宿の一室は緊迫していた。触れれば切れてしまいそうな細い糸を手繰り寄せるように、三人はじっと弦義が目覚めるのを待っている。

 そこへ、階段を上がる音が聞こえる。上って来たのは、椀と匙を持った白慈だった。

「那由他、毒消し効能のある薬草を煎じて来た。これを、ゆっくりで良いから弦義の口に入れてやってくれ」

「わかった」

 小さな匙と緑色の何かの入った椀を渡され、那由他はそのどろりとした液体を匙ですくう。そして、苦しそうに呻きながら眠る弦義の口の中に流し込んだ。

「―――っ、こほっ」

「弦義!」

「那由他、大丈夫だから落ち着け。薬を飲んでむせただけだから」

 弦義に飛びつこうとする那由他を引っぺがし、白慈は苦笑した。

「全く……。全然違うのに似てるな、お前ら二人」

「「は?」」

 似ている、と指を差された那由他と和世が意味不明だという顔で白慈を睨む。しかし白慈は何処吹く風で、アレシスに同意を求めた。

「そう思わないか、アレシス」

「ふふ、そうだね。ぼくも否定材料は持ち合わせていないな」

 くすくすと小さく笑うと、アレシスは複雑そうに目を背ける和世にだけ聞こえる声で囁いた。

「きみは、もう答えを知っている。なのに、何故それと正面から向き合おうとしないんだい?」

「……っ。何の、ことですか?」

「やれやれ。あくまでも、見栄を張り続ける気なんだね? ……早く素直になった方が良いと思うけどな」

 しらばっくれる和世に呆れ、アレシスは肩を竦める。しかしそれ以上は何も言わず、ただ彼の肩を叩いて那由他たちの元へと体の向きを変えた。

 アレシスの背を見ながら、和世は奥歯を噛み締めた。自身の責任と責務と、それを緩ましてしまいかねない素直な気持ちを持て余して。

 和世を放置して近付いて来たアレシスに、白慈は首を捻る。

「アレシス、何を話してたんだ?」

「それほどのことではないよ。それより、殿下の状態は?」

「ああ」

「……」

 那由他とアレシスの視線を受け、白慈は「大丈夫」と二人を安心させるように微笑んだ。弦義の呼吸は安定し出した。

「薬草が効いてる。一晩寝れば、目覚めるはずだ」

「そう、か。……よかった」

 心底ほっとしたという顔でため息をつく那由他。普段無表情な彼の取り乱した表情に、アレシスは意外だと評した。

「この際だから、聞いてみたい。那由他くん、きみがもう一人の夏優咫くんを元にしてつくられたホムンクルスだということは聞いているし、あの家で真実だとわかった。だからこそ、何故きみはそれほどまでに殿下に肩入れするんだい?」

「肩入れ?」

「そう。言い方は悪いが、きみは充分に強い。そんなきみは、一人でアデリシアに取り残されたとしても、一騎当千だろう。なのに、どうして殿下について行くという危ない橋を渡っているのかな?」

「……危ない橋、と思ったことは一度もない」

 ベッドで眠る弦義を視界に入れながら、那由他はアレシスをじろりと見た。その眼光は、白慈を軽く怯えさせるほどには強い。「ひっ」という引きつった声が少年の喉から聞こえた。

 しかし那由他には聞こえなかったのか、彼はじっとアレシスを見て言葉を紡いだ。

「弦義は、俺を友だと言った。初めて、自分が生きていることを認めてもらえた気がした。だから、俺を友と呼ぶこいつを助けたい。……それじゃ、不足か?」

「いや、充分だよ」

 疑うような表情から、柔和な笑みへと表情を変える。アレシスは頭を振って、少し落ち着いた寝顔になった弦義の傍に腰掛けた。

「僕こそ、あまり良い理由じゃないから。……ただ、那由他くんの気持ちが少しわかってしまうな」

 最初は、偽り飾り立てていた音楽を見破られて面白いと思った。次に、友のために前へ出る王子に興味を持った。そして今、友に思われる弦義という人柄に惹かれている。

「全く、人生どう転ぶかわかったもんじゃない」

「当たり前だろ? 先がわかってたら面白くないじゃん!」

「! ……ふふ、そうだね」

 突然割り込んできた白慈の言葉に、アレシスは思わず笑い声を零した。

「先がわかっていたら、こんな風に悩んだり困ったりしないだろうな。―――さて」

「アレシス?」

 不意に立ち上がったアレシスを見上げ、白慈は首を傾げる。何処かに行くつもりなのだろうか。そう問うと、アレシスは首を横に振った。

「そろそろ昼時だ。心配なのはわかるけど、自分たちが倒れたら、目覚めた時に殿下が心配する。だから、何か買って来るよ」

「そうだね。頼むよ、アレシス」

「了解」

「……まだあの仲間がいるかもしれない。気を付けて行け」

 背を向け部屋を出て行こうとしたアレシスの耳に、ぶっきらぼうな那由他の声が届く。その声に少し人のぬくもりを感じ、アレシスは小さく微笑んだ。

「わかった。さっさと帰って来る」

 アレシスがサンドイッチやおにぎりを買って戻った時、全員の座る位置は全く変化していなかった。

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