第30話 船上の戦い

「向こうの船に、私が飛び移ります。アレシスどのと白慈は援護を。こちらにも来そうですから、那由他は殿下を守ってくれ」

「頼まれなくても、必ず護るさ」

「……なら、良い」

 和世と那由他の視線が一瞬交わり、互いに違う方向へと駆け出した。

 ダンッという踏み込みの音が響くと同時に、和世の体が宙に浮く。時を同じくして、敵側の船からも一人が飛び出した。

「和世どの!」

 揺らぐ船の上で、足を踏み締めた弦義が名を呼ぶ。それに応じるように、和世は目の前に迫った敵の鳩尾に向かって蹴りを繰り出した。

「ぐっ」

「背を借りるぞ」

 バランスを崩して落ちようとする相手の背中を蹴り、和世はより上へと跳ぶ。飛距離を伸ばし、驚いて自分を見上げている敵の真ん中へと着地した。若干の足の痺れに耐えると、その間に我に返った敵の一人が棍棒を振り上げる。

「お前の相手はオレだ!」

 そう言うが早いか、白慈がその大男に飛び掛かる。白慈に頭を抱えるように貼りつかれ、男は呻き声を上げながら棍棒をやたらめったら振り回した。

 棍棒は、仲間であるはずの同じ覆面にもあたりそうになる。すぐ傍にいた華奢な敵が、身をすくませて不平を漏らした。

「ちょ、危なっ」

「くそっ、何処だ⁉」

「今だよ、アレシスさん!」

「――全く、飽きないね」

 呼ばれたアレシスは意味を正確に理解すると、引き絞った弓を一気に緩める。パンッという破裂音が響くとほぼ同時に、棍棒が水に落ちる音がした。

 見れば、棍棒を持っていた男の袖が船の縁に縫い留められている。矢が飛んで来たと同時に離れたのか、白慈は近くで親指を立てていた。

「ありがと、アレシスさん」

「気を抜くなよ、白慈」

「わかってる―――よ!」

 和世に注意されたのとほぼ同時に、白慈は後ろから襲って来た刺客の攻撃を躱す。躱されバランスを崩した背中に、和世の肘鉄が落ちた。気絶し、倒れた刺客は女だった。

 これで、戦闘不能は三人。残りは二人。

 白慈と和世、アレシスの連携に感心していた弦義だったが、那由他の鋭い声で現実に引き戻された。

「弦義、こっちにもいること忘れんな!」

「ごめんっ」

 素直に謝ると、弦義はこちら側に飛び移って来た二人組と対峙した。

 一人は弓矢を持つ男、もう一人は大剣を使う男だ。二人は揺れ動き尚且つ狭い渡し船の上で、同時に走り出す。

 刺客二人を相手取る覚悟をした那由他は、傍で剣に手をかけた弦義に向かって指示を飛ばした。お前には、すべきことがあると。

「そこのおっさん、変な動きがないか見張ってろ!」

「わ、わかった」

 悲鳴も上げず叫びもせず、ただ櫂を握り、船を操る船長。彼を振り返り、弦義は不意に違和感を覚えた。

「失せろ!」

 弦義の思考を遮断するかのように、那由他の叫びが轟く。腰の剣を抜き、まず同じ剣の使い手に飛び掛かった。

 相手も那由他の攻撃を弾き、自分のペースに持ち込もうとする。それを阻止したい那由他は床を蹴ると、再び相手に向かって特攻した。

「同じ手は……何ッ⁉」

「俺も同じ手は使わない」

 剣を横に振ろうとした刺客は、刃の上に那由他が乗ったために振り落とそうとした。しかしそれよりも速く那由他が剣を蹴って跳躍し、刺客の側頭部に回し蹴りを食らわせる。

「ぐあっ」

 ドポンと水没した音がして、男が川に落ちたことがわかった。とんっと軽い音をさせ、那由他が弦義の目の前に着地する。

 これで、後一人。目の前で弓矢を構える男一人に絞られた。弦義と那由他が臨戦態勢を崩さずにいると、男は何かに向かって頷いた。

 男の行動が合図だと気付いたのは、その一秒後だ。

「うっ」

「弦義⁉」

 ガンッという大きな音と同時に、鈍痛が弦義を襲う。ぐらりと揺れて霞む視界の中で、焦った顔の那由他がこちらを振り向いていた。大丈夫だと言葉を発することも出来ず、弦義はその場に倒れ伏す。

「弦義……」

「全く、末恐ろしい若者たちだな」

 弦義の傍に膝をついた那由他の背後に、黒い影が差す。顔を上げて振り返ると、そこには櫂をバトンのようにくるくると回す船長の姿があった。

 那由他は気絶した弦義を守るために背後に隠し、鋭い目で船長を射抜く。

「……お前だな? こいつらをここに呼んだのは」

「そうだ。野棘様には、若い頃世話になったでね、恩を返そうとしたまでだ」

 ニヤリと嗤った船長は、傍に立つ弓矢使いに顎で合図した。彼は頷くと、矢の先を弦義に向ける。無抵抗の弦義を射抜き、殺すつもりだ。

「させるかっ」

「那由他!」

 那由他が身を挺するのと、パンッという音が二重に聞こえたのはほぼ同時だ。

 射抜かれる覚悟で目を閉じた那由他だったが、衝撃が来ずにゆっくりと目を開ける。すると目の前が、川風に揺れる金髪に覆われた。

「アレシス……」

「よかった。間に合ったね」

 笑みを見せたアレシスの足元には、射落とした矢が一本落ちている。その傍には、アレシスの放った矢も一緒に落ちている。

「射たのか、あっちの船から」

「そう。間に合うかは賭けだったけど、よかった」

「助かった」

 ぼそりと呟かれた感謝の言葉に、アレシスは目を丸くした。しかしふっと微笑むと、敵に向かって弓矢を構える。

「那由他くんは弦義殿下を。ここは、ぼくと和世くんに任せて」

「わかった」

 抵抗せずに引き下がった那由他を背に庇い、アレシスは少し表情を改めた。ハープを扱う吟遊詩人ではなく、昇矢に弓矢を習った戦士としての顔になる。

 白慈は敵の船を川岸に移動させている。これで、刺客二人は水に落ちるかこの船を乗っ取るかしか選択肢がなくなった。川に落ちた刺客たち四人も這う這うの体で岸に上がっていたが、船宿の人々や白慈に捕らえられている。

「お前たちを倒せば、終わりだな」

「さて、そういうことだがね」

 船長だった男は、櫂を振り回すと、その先をアレシスへと向ける。日の光を浴びて黒光りするそれは、鉄でできているらしい。

「あんたらを殺して、王子様の命も貰おう。そうすりゃ、野棘様も喜んで下さる」

「それを阻止するのが、ぼくらのやりたいことなんでね」

 アレシスは好戦的な笑みを浮かべると、矢を一本掴んで引き絞った。相手もそれに応じ、空中での打ち落とし合いが始まる。

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