第22話 鍛錬の始まり

「本気で良いんですね?」

「はい、宜しくお願いします」

 弦義と和世の姿は、宿の裏庭にあった。白慈と那由他は部屋で留守番をしている。

 弦義の和世への頼み。それは、剣を使った戦い方を教えて欲しいというものだった。

 勿論、弦義は国にいた頃から野棘に稽古をつけてもらっていた。しかしそれは戦いの『型』であり、実戦ではなかなか通用しない。国を出て旅をする中で、弦義はそれを実感した。

「では、那由他どのに教わればよかったのでは?」

 弦義が和世に依頼した理由を聞いた和世は、思わずそう言った。勿論、弦義も反論されることは想定しており、頷いて返す。

「そう言われると思いました。ですが、那由他の戦い方は、彼が処刑戦を何度も戦う中で会得した戦闘術です。人の命を奪うための技……残念ながら、僕には早急にそれを会得出来るとは思えない。あれは、何度も死線をくぐり抜けたからこそのものでしょうから」

「だから、軍に加入していた私の教えを乞いたい、と?」

「そういうことです」

「……了承しました。私としても、あなたが護られるだけの存在では心もとないですからね」

「助かります」

 自分が足手まといになると断言されたにもかかわらず、弦義の態度は変わらない。それが事実であるからだ。事実だからこそ、変えたい。

 和世が鞘から剣を抜き、弦義にも同じことを促す。

「手っ取り早いのは、自分が使う剣を実際に使うこと。ですから遠慮せず、真剣で斬りかかって来て下さい」

「―――わかりました」

 指示に従って剣を抜いた弦義は、まだ持ち慣れないそれとの対話を試みる。

(どうか、僕に力を貸してくれ)

「来い!」

 弦義の目の前で、和世が吼える。

「おおおおっ」

 その叫びに応え、弦義は剣を握り締めて駆け出した。その勢いのまま、振り上げた剣を振り下ろす。

「甘いっ」

 弦義の刃は和世の剣に弾かれ、バランスを崩す。その足元をすくわれそうになり、弦義は足に力を入れて地を蹴る。すると足の下を剣が通り抜け、弦義は再び和世の上を取った。

「やあっ!」

「―――っ」

 ガキンッと二つの刃が交わり、火花を散らす。

 押し切れるかと夢想したのも束の間。剣は弾き返されて、弦義は尻もちをついた。そして彼の首筋に、ぴたりと刃が添う。

 ごくんと弦義が喉を鳴らすと、和世の剣は音もなく離れていった。

 弦義が見上げると、和世の真剣な顔が見えた。そこに失望はなく、少し残念そうな色がある。

「やはり、和世どのは強い。僕もまだまだ力が足りないですね」

「確かにあなたの剣は、型通りの生真面目なものです。正直、これでは戦場でまず死にます」

「……」

 和世の手厳しい意見にも、弦義は耳を塞がない。その真摯な眼差しに、和世の心はほだされそうになった。

(い、いけない。おれは、国王に判断を任されたんだから)

 我に返り、和世は咳払いをした。同時に気持ちを引き締め、判定者としての自分の立場を思い返す。自分が何をすべきか、改めて言い聞かせた。

 平常心を取り戻そうとして膠着してしまった和世に、弦義は首を傾げる。

「和世どの?」

「あ、申し訳ありません。……そう、あなたはそのままでは早々に殺される」

 ですが、と和世は付け加えた。尻もちをついたままの弦義に手を貸して、立ち上がらせる。

「筋は良いんです。後は、あなたがどれだけ磨くことが出来るかにかかっています」

「どれだけ磨くことが出来るか……」

 剣を鞘に戻してからグッと両手に力を入れ、弦義は改めて和世と目を合わせた。

「ただ殺す強者にはなりたくありません。ですが、大切なものを護る強さが欲しい。……また、指導をお願い出来ますか?」

「―――喜んで」

「よかった。ありが……?」

 安堵と決意の笑みを浮かべかけた直後、弦義は殺気を感じて周囲を警戒した。手は再び鞘に入った剣に伸びている。

 和世もまた、抜いたままの剣を構えて誰何の声を上げた。

「誰だ。出て来い!」

「……」

 和世の問いに言葉では応じず、刺客は宿を囲う塀の向こう側や庭の木の裏、更には建物の背後からも現れた。全部で三人。口元を布で覆い、服装も闇色に染まっている。

「……弦義殿下は、私の後ろに」

「だが、僕も」

「まだ、一人で戦わせるわけにはいきません」

 真っ直ぐ敵から目を離さず、和世は弦義の申し出をきっぱりと断った。断られるであろうとわかってはいたが、修行していた手前悔しい。しかし弦義は素直に頷き、一歩下がった。

 自分の言う通りに動いた弦義に安堵し、和世は剣を真っ直ぐに構える。隙のない視線を敵へ向け、もう一度尋ねた。

「お前たちは何者だ? 何故、ここにいる」

「……野棘様より、お前たちを殺すよう仰せつかっている」

「そうか」

 真ん中の男の返答を聞き、和世は目線のみを弦義に向けた。

「どうしますか、殿下?」

「無論、戦います。和世どの、力を貸してくれませんか?」

「もとより、そのつもりです」

 わずかに目を細めると、和世は再び刺客を睨みつけた。その眼光は、睨むだけで人を殺せそうな程に鋭い。

 和世の目を見て、刺客たちは半歩下がった。その分、和世が前に踏み込む。

「殿下には、決して触れさせな―――っ」

 キンッ。和世の言葉を待たず、一人が斬り込んできた。その剣を鮮やかに弾き返すと、次は自分とばかりに振り上げた剣を叩きつけた。

 重い音が響き、敵は得物を取り落とした。その鳩尾に膝を叩き込み、一人目を撃破する。

「次っ」

 二人目は和世と対峙し、三人目は必死に身を隠す弦義の背後に回っていた。

「殿下!」

「ぼ、僕に構わないで! 目の前の敵のことだけを考えるんだ」

 弦義はそう叫ぶと、背後の気配を感じて前に転がるようにその場を躱した。彼がいた場所には、刺客の剣が突き刺さっている。

 今もあそこに居たら。そう思うだけで血の気が引く思いだ。

 和世は再び弦義のもとへと走ろうとしたが、その行く手を二人目の刺客に塞がれた。彼は容赦なく剣を振り回し、和世はその相手をするより他ない。

「王子様を殺せるなんてな」

 舌なめずりした三人目の刺客が、弦義と対峙する。彼は、最初に和世の問いに答えた三人のリーダー格だ。

「くっ」

 震えそうな足に力を入れ、弦義は恐怖に蓋をする。そして、斬り込んできた刺客の刃を撥ね退け、自ら斬り結びに行く。

 刺客は少し目を見張ると、驚いたと口にした。

「お前は戦場に出たこともない非力な王子だと聞いた。だが、少しは出来るようになっているらしいな」

「僕は、死ねない」

 キンッという音と共に火花が散る。スピードに乗った力任せの斬撃を紙一重で躱し、弦義は剣を操り続ける。

 その捌き方は、決して玄人のそれではない。しかし次第に鋭敏さを増し、刺客の急所を狙うことが出来るようになっていく。

「―――っ」

 刺客が息を呑んだ。胸元の服が斬られ、薄い傷が肌に付けられたためだ。その傷をつけた張本人は、自分が軽く見た元王子。

「っ、はぁ、はぁ」

 弦義は、自分の視界が狭まるのを感じていた。ただ一点、刺客の姿しか見えていない。もう一人は和世が必ず倒す、という信頼があってのことだ。しかしそれ以上に、敵への集中力のなせる状態でもあった。

「―――だあっ!」

「何っ⁉」

 刺客の剣が、弦義の剣に弾き飛ばされた。カランカランッと地面に落ちた剣が音をたてて止まる。一瞬で顔面蒼白になった刺客は、自分を睨みつける弦義の目に戦慄した。

「お、お前……誰だ。そんな目をする奴、知らない。お前は、誰なんだ!」

「何を、言っている?」

「ひいっ」

 引きつるような悲鳴を上げ、刺客が引き下がる。その時、背後で男の呻き声がした。

「殿下、ご無事でしたか」

「和世どの……」

 どさり、と二人目の刺客が地面に伏す。峰撃ちにしたという和世は、荒い息をする弦義と青い顔の刺客を見比べて首を傾げた。そして、弦義に訊いても仕方ないと思ったか、刺客の方を向く。

「お前……」

「な、何――」

「弦義、和世!」

「無事かー?」

 和世が一歩刺客に近付いた時、宿の方向から那由他と白慈が駆けて来るのが見えた。

 その途端、目の前の刺客は仲間を見捨てて逃げ出した。弦義が彼の服を掴みかけるが、すり抜けられてしまった。

「悪い。逃げられたか」

「弦義も和世も、怪我は……してるな」

「そういう白慈と那由他もだ。何があったんだい?」

 白慈と那由他も、弦義たちに負けず劣らず擦り傷や切り傷だらけだ。何かで斬られたような傷を負っている二人は、弦義に問われて顔を見合わせる。

 そして、白慈が口を開いた。

「オレたちのいた部屋に、窓を割って刺客が入って来たんだよ」

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