第23話 侵入者

 弦義と和世を見送り、白慈はベッドに倒れ込んだ。そして、武器の手入れに余念のない那由他の方に体を向ける。

「そういえば、那由他は何で弦義と国を出たんだ?」

「何でって……。それは、弦義が殺されかけた時に助けを求められ」

「そうじゃなくて、弦義と一緒に行こうと思ったのは何でだってことだ」

 弦義と那由他がアデリシア王国を出た理由は、既に聞いている。しかし、白慈が気になったのは那由他の心の部分だった。

 虚を突かれ、那由他は目を瞬かせる。それから「俺は」と囁くような声で呟いた。

「……俺を、友だと言ったから。よくわからないが、友が困っているのなら助けたい。そう思うのは、間違っているのか?」

「間違ってなんかない。……よかった、那由他は人の心を持ってる」

「?」

 安堵し気を許した笑みを浮かべる白慈に、那由他は不思議そうな顔をした。

 しかし白慈に理由を質す前に、宿の部屋の窓が震えた。バンッバンッと何か重いものがぶつかる音がする。窓は大きく、それを使ってテラスに出ることも可能だ。

 二人は無言で顔を見合わせ、同時に二手に別れた。

 ――パリンッ

 部屋の中にガラスと窓枠の破片が散らばり、同時に屈強な男二人が飛び込んできた。ここは宿の二階だが、塀を乗り越えてきたのだろうか。

 闇に溶け込む色の衣を身にまとい、男たちは背合わせで部屋の中を見回した。すると、それぞれ壁際に待機していた白慈と那由他と目が合う。

 男たちは那由他たちが目当てではなかったのか、悔しそうに舌打ちをする。その「チッ」という小さくも鋭い音が、那由他に不快感を与えた。

「貴様ら、何者だ?」

 その不機嫌そうな声色は、仲間の白慈ですら冷汗をかくほどの低音だった。ましてや、不法侵入者にとっては零下の声である。

「――ちっ。ここに、アデリシアの廃王子がいるという情報があったが?」

 再び舌打ちをすると、侵入者の片方が対峙する那由他に尋ねた。それに対し、那由他は淡々とした口調で応じる。

「生憎と、ここにはいない」

「ならば、邪魔をし」

「逃がすとでも思ったのか?」

 那由他は、侵入者の胸に剣の切っ先を突き付けた。先程まで研いでいた刃は、鋭利な輝きを見せる。

 息を呑んだ侵入者だが、自分の背後でもう一人が呻き声を上げたことで腰の剣に手を伸ばした。相棒は、白慈の跳び蹴りを右頬に受けてよろめく。

 那由他は室内に視線を走らせた。決して広くない空間に、ベッドが四つ並んでいる。加えて、先程割られた窓の外にテラスがあるのみ。

「白慈!」

「何?」

「さっさと終わらせて、弦義たちと合流するぞ」

「了解!」

 元気な返事をし、白慈は懐からナイフのような短い刃物を二本取り出した。それらを構え、敵を牽制する。

 那由他はといえば、売り言葉に買い言葉の相手を前に剣を手にしていない。それを侮られていると感じたのか、男は真っ直ぐに那由他の心臓を狙って刃を突き刺してきた。それを躱し損ねたが、那由他は痛みを堪えて目的を達する。

「くっ」

「何っ」

 ドゴッと音がして、男は上下反対になって壁にへばりついていた。何が起こったのかわからないまま、那由他によって投げ飛ばされたのだ。

「……本当に命を懸けたことのない奴の動きは、読みやすい」

 那由他が今まで相手をしてきたのは、彼に勝たなければ殺される運命になる罪人たちだ。彼らの犯したことに同情の余地はないが、自分の命を懸ける必死さは、目の前の敵の比ではない。

 本気で命を懸けない敵に、那由他は、決して負けない。

 決して天井は高くない。大きな剣は振り回せない。跳んでも、頭を天井に打ち付ける。だから那由他は、起き上がって突進して来た相手に跳び蹴りを食らわせた。背後の壁を蹴り、勢いをつけて放つのだ。

「ぐほっ」

 鳩尾にクリーンヒットし、再び敵は反対側の壁に打ち付けられた。

「だああっ」

 那由他が顔を上げれば、白慈のナイフがもう一人の体を壁に縫い留めた所だった。ナイフの数はいつの間にか五本に増え、それぞれに両手首、両足、そして首の真横に刺さっている。

「白慈」

「那由他、そっちも終わった?」

「まあな」

 二人の刺客の動きを封じ込めて安堵したのも束の間、戸の向こうから幾つもの声が聞こえて来た。怒声が混じり、那由他と白慈は顔を見合わせる。

 すぐにトントントンとノックされ、宿屋の主人らしき声がした。

「お客さん、何かあったんですか? 隣や上下の部屋から、騒音が酷いってクレームがたくさん来ていましてね。ちょっと話を――」

「白慈」

「那由他」

 二人は目を合わせると、素早く荷物を回収した。四人分とはいえそれぞれリュック一つくらいしかものがないため、かさばる程度だ。

「入りますよー」

 宿の主人と宿泊客数人が戸を開けた時、そこには壁に貼りつけられた身元不明の男と、床に伸びる黒づくめの男の二人しかいなかった。那由他たちは間一髪、逃げ出したのである。

 ベッドのサイドテーブルには、宿泊代とその倍ほどの金額が置かれていた。


「というわけで、逃げるよ」

 一通り話し終えると、白慈は弦義と和世の背をぐいぐいと押した。確かに、この庭も一部を損壊させてしまった。

 幸いにも建物の外壁には傷をつけていないが、地面がえぐれて荒れている。

 本来ならばきちんと謝らなければならないが、時は一刻を争う。迷う弦義に、白慈は悪戯めいた笑みを向けた。

「オレが多めに宿泊代を置いてきた。弦義が王になった時、この宿を繁盛させてやれば良いんじゃないか?」

「―――今は、そうしよう」

 四人が宿から姿を消して三十分後、少し宿屋内がごたついた。

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