第19話 刺客

 翌朝、弦義たち四人の姿は王都と外を結ぶ門の前にあった。

「海里様、何から何までありがとうございます」

「良いんだ。きみが、大切な我が兵士たちを預けるに足る人物か、見定めさせてもらうからね」

「はい」

 にこにこと微笑む海里の言葉に、弦義は神妙に頷いた。

 海里によって贈られた餞別は、衣服や旅の持ち物など様々にある。特に衣類は、街道を旅するにあたって身分や出身を隠すのに役立つ。

 那由他と和世の服は、戦闘のしやすさを考えた動きやすく軽いものだ。黒をベースにした防御を度外視した那由他の衣装と、赤と銀をベースに置いた軽い鎧姿の和世はその見た目も色も全く違う。

 白慈は二人と同じく軽装だが、何処か町のやんちゃ少年の雰囲気がある。その衣装は紫をベースに置き、衣装の至る所に小型武器が仕込まれている。山賊に育てられた白慈らしい。背中には、晒しでぐるぐるマキにされた、山賊時代に貰った大刀存在感を放つ。

 弦義の衣装は、青をベースに置いたものだ。身についた品位が旅衣装にも反映されている。他の三人にもあるが、腰には海里から贈られた剣が佩かれている。

「では、また」

「報告を楽しみにしているよ」

「ご武運を」

 海里や常磐たちに見送られる。最小限の品を入れたリュックを背負い、弦義たちはロッサリオ王国を後にした。


「弦義、次の国まではどれくらいあるんだ?」

 ロッサリオ王国王都フォーリドを出て数時間後、昼食を食べていると白慈が尋ねて来た。

 白慈たちが食べているのは、ロッサリオの王城に勤める料理人が作ってくれた弁当だ。手軽に食べられるサンドイッチだが、その具は卵に野菜に肉に魚と盛り沢山である。勿論味も文句なしで、皆黙って食べている。

 川原の石の上で一つ目をぺろりと食べてしまった白慈に問われ、弦義は食べる手を止めた。そしてリュックの中から地図を取り出して、広げて見せる。

 那由他と和世も気になるのか、上から見下ろしている。二人にもわかりやすいよう、弦義は傍を流れる川を地図上で指差した。

「僕らがいるのは、ここ。まだロッサリオ王国の土地だ。そして、グーベルク王国はここだ」

 川原から指を移動させ、更に西側に移す。そこに記された「グーベルク王国」の文字をなぞり、王都ヴェリシアの場所も指差した。

「グーベルク王国は、僕が幼少の頃に建国された若い国だ。幾つもあった小国を一つにまとめた戦士が王となり、国を導いている」

「そいつとも面識があるのか?」

 一国の王を「そいつ」呼ばわりする白慈に苦笑いしつつ、弦義は首肯した。

「ある。父上に挨拶に来られた時出会って、それから何度も。武器の扱いにお詳しい方だから、勉強するばかりだけどね」

「なら、次も快く力を貸してもらえるんじゃないか?」

 那由他が弁当を食べ終わり、呟いた。しかし、和世は首を横に振る。

「グーベルク王国は、戦闘民族の土地だ。まず、力を示せと求められるでしょうね」

「僕もそう思う。だからそれまでに……」

 弦義が言葉を途中で切った。那由他と和世が剣に手をかけて立ち上がり、白慈は巨大な石の上でいつでも飛び出せる体勢になる。

 彼らの視線の先に、殺気を隠そうともしない一人の男が佇んでいた。

 黒衣を身にまとい、顔はマント付きのフードに隠されて見えない。しかしその病的にこけ頬と筋張った手指が、彼が表の人間ではないことを証明している。

「オマエ、アデリシアの弦義とそのご一行か?」

「そういうお前は何者だ。野棘が差し向けた刺客だと見受けるが?」

 ガサガサとかすれた男の問いに、弦義は凛とした態度で臨む。弦義を守るように、那由他と和世は地面に立った。

「オマエ、オウサマを殺したんだって? それでは飽き足らず、幼い王子と姫もとか。おっそろしい王子サマだな」

「……那由他、和世どの。他にも仲間はいるはずだ。そちらにも充分注意を」

 ケタケタと嗤う刺客の言葉を無視し、弦義は二人の背中に指示を飛ばす。頷く二人の先にいる男から目を離さず、弦義は傍にいる白慈を手招く。

「白慈。きみの山賊としての力、貸してくれないか?」

「―――わかった」

 何が求められているのか理解した白慈は、しっかりと頷くと耳に手をあてた。

「オマエラ、オレを無視するな!」

 自分が蚊帳の外に置かれたと勘違いした刺客が、いきり立ちながら手に握った弓矢を構えた。その一矢が放たれると、那由他と和世の間を抜けようとする。勝った、と刺客は唇の端を引き上げた。

 しかし、その希望は瞬く間に失墜する。

「無視などしていない!」

 和世の一閃が、高速で飛ぶ矢を叩き落す。更に矢をつがえようとした刺客の間近まで迫った那由他が、一瞬の隙を突いて鳩尾に拳を叩き込む。

「グッ……かはっ」

「まだやるか?」

 刺客が地面に転がると、その横腹を踏み付けた那由他が問う。憎々しげに那由他を睨みつけた刺客の男は、川原の傍に広がる森へ向かって叫ぶ。

「オマエラッ、出て来……」

「あの岩の後ろ。それから、那由他の後ろの木!」

「何ぃっ⁉」

 白慈が叫んだ通り、和世の後ろにあった岩と那由他の背後からそれぞれ刺客の仲間が躍り出た。しかし白慈に居場所をあてられ、動きの精彩を欠く。

 それを、二人が見逃すはずはない。

「ハアッ!」

「ガッ……」

「オオッ」

「うっ……」

 那由他の蹴りが男の背にヒットし、和世の剣がもう一人の剣を叩き折る。

 和世に剣を折られた男は、懐から出した小型のナイフを構えようとしたが、首筋に白慈のナイフが添えられて動きを止める。

「お兄さん、騙し討ちでオレに勝てると思ってるの?」

「くっ」

 山賊仕込みの手際に、男はナイフを手放した。それを見て観念したのか、那由他に踏まれていた男の力が抜ける。

「これで、よし」

 計三人の刺客を捕えて縄で巻き、和世はパンッと手を叩いた。戦闘不能にされてしょげ返った三人を見下ろし、弦義に判断を委ねる。

「さて、どうなさいますか? 煮るなり焼くなり何なりと」

「では、伝言を野棘に持ち帰ってもらおうか」

「伝言を……?」

 思いも寄らない弦義の言葉に、和世は眉をひそめる。

「命を助けるというのですか?」

「ええ」

 淡々と頷く弦義に、和世は詰め寄った。

「何故です? 彼らは、彼らを放った男は、あなたを殺そうとしているのですよ?」

「……そうだとしても、命は重いものです。簡単に失わせて良いものじゃない。それに僕は、血を見るのが苦手なんです」

 困ったように笑って、弦義は刺客たちの前に膝をついた。何をされるのかと怯える彼らに、弦義は優しく語り掛ける。

「申し訳ないのですが、あなた方には野棘への伝言を持ち帰って頂きたい」

「も、持ち帰るだと⁉ オマエ、あの方が戻れば何をするかわかって言っているのか!」

「無論、知らない」

 怯え震え上がる男たちに、弦義はあくまで淡々と伝言を口にしていく。

「僕らはあなたを止めに行きます。必ず、祖国を取り戻す。……それだけ、伝えて欲しい」

 白慈、と弦義は呼ぶ。白慈は手に持っていた小型ナイフをそのままに、三人の刺客に近付いて行く。そして、手を振り上げた。

 パサッ。縄が切れ、刺客たちは自由の身になる。彼らが唖然としているのを放置し、弦義は三人の仲間と共にその場を後にした。

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