第39話【後悔】

トイレの為に電車を降りて仕事やプライベートでの支障が出てき始めた。

それが何回かに一回でも「今日は大丈夫かな?」と不安になるが、毎回だと家を出るのが億劫になってくる。


このときあるきっかけで、もう一度最初に診察してもらったクリニックへ行った。

今度は自分の最近の症状をメモしてそれを病院で読むようにした。


「先生。こんな症状がこちらに最初に来た時からずっと続いているんです。」


「う~ん。長いね。よし1度、胃と大腸の内視鏡検査してみようか。若いとはいえ0%じゃないからね。それに何もないって分かった方がスッキリするでしょ!」


「はい。よろしくお願いします。」


半ば「検査してください」的な雰囲気を出して良かったと思った。


そして看護師の方から下剤の飲み方や前日の食事、当日の注意点など細かく説明を2,30分受けた。

「はいはい」と聞きながらも僕には2つの不安があった。


1つは、当日は自転車を含め乗り物の運転ができないため電車やタクシーで行かなければならなかった。

「車も持っていないし、検査でお金を使うならタクシーは避けたいしなぁ。でも、当日に下剤を飲んでお腹がゆるゆるの状態で電車なんか乗ったら絶対漏らしてしまう。」

それは嫌だ。そう考えていた。


2つ目は麻酔の説明をされたときに「先生の言ってる事が分かる程度の意識はあります。」と言われて、小さい時の【鎖骨の骨折】での手術の事がフラッシュバックした。

麻酔で完全に意識がなくなる瞬間も想像しただけで怖いけれど、またあの時みたいに意識がある状態で医療行為をやるのが恐怖でしかなかった。


そして、検査当日。

キャンセルの電話を入れて行くのを辞めた。

「キャンセルの電話は早めにお願いします。」と言われたのだが、当日まで悩みに悩んでいたため本当に申し訳なかった。


―俺は本当に根性なしだ。


その病院へ行くきっかけとなったのが、最悪の出来事があったからだ。

僕の昔のバイト先で当時1回り年の離れた30歳前半だった【桜さん】という女性が居た。

桜さんとはとても気が合って本当に仲が良く、お互いに同時期にその職場を辞めてからはタメ口で話すようになった。

僕が千秋と別れてから連絡を取るようになり、地元の友達よりも会っていた人だ。


けれど僕の体調が悪くなり始めたころから会わなくなり、結婚してからさらに連絡も少なくなった。

そして数年ぶりに会った時「ご飯食べる?」と言っても「私は水だけでいいよ。」と言って、その水と一緒に市販の胃薬も飲んでいた。


「胃痛いの?」と聞くと。


「最近ね。ずっと肋骨の下らへんがずっと痛いの。薬局の人にも病院行った方が良いって言われてるんだけど」


「ずっとってどれくらい?」


「もう1年くらいかな。怖くて病院に行けなくて。」


「1年?長すぎない?」


とその時はその程度の話で終わった。


それからしばらくして「検査しに行ってくるね」と連絡が入った。


「大丈夫。絶対大丈夫だよ。」と返した。


「うん。怖いけど頑張ってくる。」と言ってそれから連絡がなかった。


それから数日して僕から連絡した。


「大丈夫だった?」


「胃がんだった。手術もできないんだって。余命も言われたけど誰にも言わない。もういいの。人生楽しかったから。」


その時なにも返信できなかった。


この人には恩があった。

僕の夢を笑わなかった人。本気で応援してくれた人。

僕がお金に困っているときに「1万貸してくださいと」お願いしたときに何も言わず10万円を振り込んでくれた人。最後までこんなクズと友達で居てくれた人。

そのお金も恩もまだ返せてなかった。


それから数週間して「今日から抗がん剤の治療をします。なのでもう会えません。自然風景の写真が見たいな。」と連絡が来た。


僕は風景の写真を撮るのが好きだったので持っていた写真を送った。


「ありがとう。」


それからどれくらいだろう。半年ほど経ったかそれ以上か。

メールの返信がなかったので、電話を掛けたら「おかけになった電話番号は・・・」とアナウンスが流れた。


―最悪だ。何もできなかった。クズだ。クズ過ぎる。桜さんの家も実家も知らない。どうやって恩を返せばいいんだ。クズだクズだクズだ。

後悔だけが残った。と言うより亡くなったかどうかも分からない。


これが僕も検査を受けたいと思ったきっかけだった。







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