第40話 ドラマ収録は恙無く


「あ、笹木さん」


「…松村さん、何か用ですか?」


偶然を装って、声をかける。

笹木は松村を見ると、少しばかり瞳孔が開き、眉が動いた。こちらを警戒する様子は小動物のようだ。


「あれ?私、名前教えたっけ」


「氷川さんから貴方のことを聞きました」


笹木の座るベンチから、ひとつ離れたベンチに腰を下ろす。


「そっか、氷川くんは何て言ってた?」


どこか懐かしげで、儚げな表情を浮かべながら問いかける。通行人は私たちの会話になんて興味なくてその場を通り過ぎていく。

コツコツと地面から軽快に響くヒール音とは対照的に、私たちの会話のテンポは悪かった。


「…俺なんかには、勿体ない素敵な人だった…と。…大体、貴方が氷川さんを振っておいて…。それで、…今さらやり直そうっていうのはおかしいですよね」


「…やっぱり氷川くんじゃないと駄目だって思ったから。…それって…理由にならないかな?」


お互いの意思を、自分なりの言葉でぶつけ合うのだから、会話のテンポが悪いのは当然かもしれない。でも、松村麻美なら自分のテンポを崩したりしないはず。

それなのに、今回松村麻美は言葉を必死に紡ぎ出す。そこに彼女の思いがあるはずで、人間性が現れるのだ。


「氷川さんが貴方に振られてからどれだけ落ち込んでいたのか知ってるんですか…。もっと人の気持ちを考えてください」


「…そうだね。それを言われると反論のしようがないな。笹木さんが氷川くんのこと好きなのも分かったし、この辺で席を離れることにするよ。あ、もう少ししたら氷川くんが来ると思うから、よろしく言っておいてね」


歳上の女性らしく、大人の余裕というものを笹木に見せてから立ち去る。あくまでも、少し意地悪な元カノという立ち位置のまま。まだ笹木に対する罵倒は行わない。それは物語の後半で、私の見せ場だから。




「カット!」


「あぁ…よかった」


監督さんのOKを表わすカットの声が響いた。ようやく私も、中断のカットとOKのカットの違いが分かってきたところだ。

集中していた体が、声に反応していっきに脱力する。


「それにしても、あかりさんって普段とのギャップが凄いですよね」


「そ、そう…?」


「はい。普段は歳相応といいますか、幼いくらいなのに、役のときは圧倒的な歳上感といいいますか…!」


「奏音さんって無意識に毒づいてくるよね…?」


なんだよ、普段の私は幼稚で、役のときは年増にしか見えないってことか。

いや、ポジティブに捉えるなら普段は若く見えるし、演技は実年齢よりも上の役もできるってことか。


まぁ奏音さんはそんな意地悪なことを言うタイプではないので、私が敏感に反応してしまっただけなのだが。




「本当、勉強になります…」


「いやいや、私の方こそ」


お互い新人…私だって実質新人だから…なので、このドラマを通して互いに成長できればいいなと。

談笑しながら、次のシーンについてお互いの意見を述べたりタイミングの調整をしたりする。




「この調子で、どんどん撮っていきましょ」


「はい、よろしくお願いします」


スタッフさんにも段々と声をかけられる機会も増えてきた。やっと現場に馴染んできた感じがする。









「おはよう。朝はパンでよかったよね?」


シーンは変わり、今度は川田さんとの撮影だ。

朝起きたら氷川の自宅に、なぜか松村いるという展開。


「どうやって家に入ったんですか?」


「合鍵だよ。鍵が変わってなかったから、インターホン鳴らす手間が省けてよかった」


にっこりと笑って、氷川の頭を軽く撫でる。

そして、洗面所で顔を洗ってくるように伝える。


「…はい」


諦めたというように、言葉を紡ぎ出した。


「朝ちゃんと食べてる?あのときは私が作ってたけど、今はどうしてるの?」


「食べてないですよ」


「だと思った。それなら明日も来ようかな…あ、テーブルに朝ごはん置いてるから」


そう伝えてから、玄関へ向かう。


「え、あの」


テンパったような氷川を他所目に、振り回すだけ振り回して彼のアパートから退出。


「…ふっ」


スマホを取り出し、画面を見つめる。

その画面に映っていたのが何だったのかは松村しか分からない。

意味深な笑みを浮かべてから歩き出す。







「お疲れ様です」


今日の撮影も無事に終わり、帰り支度をしていた所にやってきた川田さんに挨拶をしてから帰ろうとする。


「お疲れ様です、四月一日さんよかったらこの後食事でもどうですか?」


しかし、有難いことにお誘いを受けてしまった。


「…お金ないですよ?」


「俺の奢りなので気にしないでください」


「…ですけど、やっぱり申し訳ないといいますか」


前回、数万円の会計をあっさり済ませていたのを思い出すと気が引ける。


「あぁ、それならファミレスにしましょうか」


「え、私はいいんですけど、川田さんバレたりしません?あと、人数的に…」


「今回は四月一日さんだけです。色々と話したいこともありますし」


「え、あ…はい」


女性一人を食事に誘うのってそういうことなのか?

ろくに恋愛をしていない私はこの状況を把握して、導き出した答えを受け入れるのに時間がかかっていた。


その様子を楽しそうに見ている川田さんに少しばかり抵抗してやろうか。やっぱりファミレスじゃなくて高級焼肉店にでも連れて行ってと言ってやろうかと思ったが、それほど親密な関係でもないので、結局はファミレスに落ち着いたのだが。








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底辺アイドル四月一日さんは、元親友の人気アイドル八月一日さんを見返したい @kinokogohan

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