第39話 底辺アイドルのエゴサ

「もしもしあかり姉さん?」


福岡から戻ってきて、久しぶりに耳にする声が、電話越しに聞こえた。


「奈緒ちゃん久しぶり〜元気だった?」


もちろん、メッセージでのやり取りは時折していたが、声を聞くのは久しぶりなのだ。


「元気だよ〜。それよりもあかり姉さんすごいよ!」


「え、何が?」


開口二口目に称賛されるようなことをした覚えがないんだけど。そして、興奮気味の奈緒ちゃんの声のボリュームに配慮して、耳からスマホを離しスピーカーに変更。


「SNS見てないの?あかり姉さんのフォロワー数めちゃくちゃ増えてたんだけど…」


「最近仕事に入れ込んでて見てなかったから…」


そうなのか。奏音さんのSNSをフォローしようと思っていたのだが、休憩中も台本を読んでいるとSNSを開くことすら忘れていたので、未だにSNSを見れていないのだ。

そういえば、九州でのロケのときにスタッフさんが私のことフォローしてくれてたっけ。テレビ業界の人といえども、あくまでもスタッフだし、フォロー返した方がいいんだろうか。


「あ、ドラマでしょ?そのドラマ観てなかったんだけどあかり姉さんが出るって知ってから録画してるよ。来週出るんでしょ?次回予告であかり姉さん出てきたんだよ!」


「そうなの?」


「なんで当事者が知らないの?!」


前回の放送を録画していたものの観忘れていたのだ。観忘れたが、撮影に支障はないし、とりあえず落ち着いてからでもいいかなと思っていたのだ。

そして、私と奈緒ちゃんの温度差が違う。私よりも私のこと知ってる感じのあれだ。



「前回放送観てなかったからさ…。あ、そういえばあの番組もそろそろだったよね」


「うん!楽しみだよ〜」


「奈緒ちゃんも映りこんでるのかな?」


「どうだろう?スタッフさんと一緒にやったところもあるし…そうだとしたら私も地上波進出ってこと?」


「そうだね。奈緒ちゃんと同時に初の地上波はデビューだよ」


「あかり姉さんのはじめてを私が…?」


「そうだね〜私のはじめてだよ〜」


「軽くあしらわれた?!」



「ふふっ…私は遅れて配信サービスで観ることになると思うから、観たらまた連絡するね。奈緒ちゃん、ネタバレしないでね」


「うん、ネタバレしないで待ってるね!」


時刻は22時近くだったので、互いに配慮して通話を終了する。今度はもう少し長く話せればいいな。


明日、暦は五月を迎える。

九州限定でのテレビ放送だが、私の初めてのロケ番組が放送されるまで残り数日。

期待と不安でいっぱい…と言いたいところだが、今はこのドラマの撮影でいっぱいいっぱいなのだ。



アパートで軽く夕食を作り、食事を済ませてからスマホを取り出しSNSをチェックする。




「は?」


目に飛び込んできたのはフォロワー数4桁を表す2200という数字。

驚いたが、とりあえず奏音さんにフォローを返しておく。あ、川田さんもフォローしてくれていたのか…返しておかないと。


え、川田さんがアップしてる画像いいね一万超えてるじゃん…。とりあえず私もいいねしておこう。



と、フォローしてくれていたドラマ関係者へのフォローを返してから落ち着いた頃、私に危険な行為を促す悪魔の囁きが聞こえた。


エゴサしろ。


先月の私ならば、エゴサしてもヒットしなかったので何も得ず失わずだったのだが、これだけフォロワー数がいたら誰かしら私のことを呟いていそうじゃないか。フォロワーではない人もドラマを観ている人が私の名前とか。


ちなみに、先月私の苗字、四月一日で検索したら、エイプリルフールのことしか出てこなかった。



悪魔の囁きに対して、天使は寝ているのか一切出てこなかったのでエゴサすることに。


いくぞ…。

四月一日と打ち込み検索をかける。

恐る恐る目を開け画面を薄い目で見る。


『全然知らない女優だけど普通に可愛くてタイプだわ』


ありがとう、見知らぬ男性さん。


『事務所聞いた事ないタレントやな。新人?』


…実質新人です。


『古参ファンだけど、テレビで観れる日が来るなんて思わなかった。一生推す』


あ、私がSNS始めたときにフォローしてくれた人じゃん…ありがとうございます。


『枕か』


私程度なら、枕しても知名度無さ過ぎて使われないと思います。


『四月一日って苗字、絶対エイプリルフールでイジられそう』


その通りです。子どもの頃はクラスの男の子から何回とエイプリルフールと呼ばれました。


『絶対性格悪いやろなぁ』


人によっては悪いと捉えても仕方ないかもしらない…ただ犯罪行為を行ったことはないので、普通だと思いたい。


『この人この前福岡で見たわ』


声かけてくれた人かな?それとも遠くから撮影を見ていたのだろうか。


『今年25ってタメだし応援する』


今年25だけど、まだ24歳です。


『化粧薄くて肌綺麗で羨ましい。こんな可愛い女になりたかった…』


一般人とほぼ変わらないスペックですけどありがとうございます…。


『あかり姉さん神』



…多少否定的なコメントがあってもポジティブなコメントがあれば打ち消せるのかと。スクロールする指は一時停止を挟みながらも止まらなかった。


私なんかを昔から応援してくれてた人がいるんだなぁ…と思うと少しばかり涙腺が緩む。



というか、最後に見つけたこのコメントしてるアカウント絶対奈緒ちゃんでしょ。複数アカウント持ってるのかな。




「明日も頑張らないと…!」


肯定的なコメントで、やる気が増すのならばエゴサしてもいいのかもなぁ。

それに、エゴサしてもエイプリルフールの話題しか出てこなかったときは、ただただ悲しかったけど、否定的なコメントでも私のことを知ってくれていると思うとそれすら嬉しい。まぁ罵詈雑言のコメントを見たら落ち込むかもしれないけど。



今日は飲むつもりなかったんだけどなぁ…。

冷蔵庫から、缶チューハイを一つ取り出し高まった感情に、お酒による相乗効果を生み出してみる。


『明日も撮影頑張ります』


とりあえず一言呟いてからグラスに注いだアルコールに口をつける。

普段よりも炭酸が体の隅々まで行き届いた気がした。




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