第38話 VSヒロイン
「おはようございます。本日もよろしくお願いします」
「おはよう、今日もよろしくね」
「はい。頑張ります」
数度の撮影、そしてお酒の力によって、キャストさんスタッフさんとも仲良くなれた気がする。もちろん、全員ではないが。それに本当は私のことを快く思っていない人もいるだろう、態度にこそ出さないものの。ただ、態度に出さなければそれでいいと思う。人への好き嫌いは生まれて当然だからね。
「四月一日さん、よろしくお願いします」
台本を読み返していると声をかけられた。
「あ、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。よろしくお願いします、石川さん」
新人女優でありながら、ドラマのメインヒロインに抜擢された石川奏音さん。
…可愛いらしく元気な挨拶が、年相応というか…私より圧倒的なフレッシュさを感じた。
「私の方が芸歴も短くて年下なので…本当は初日にでも挨拶したかったんですけど…スケジュールが合わなくて」
「全然気にしないで大丈夫ですよ。雑誌やバラエティでの活躍は拝見させて頂いてます」
「え、見てくださったんですか?ありがとうございます」
こういうのって社交辞令というか、実際は数秒しか見てなくても見たというものだろう。私はそういうのは罪悪感があるので、見れる範囲は全部見たのだが。もちろん私のスケジュールがガラ空きだから為せたことに過ぎないが。
ただ、社交辞令に対してこんなに喜んで感謝してくれる石川さんはいい子だな、と。こんな子が芸能界で変に染まらなければいいなと。芸能界に全く染まってない底辺アイドルの私は思った。
「私、四月一日さんのこと知りたくてSNSフォローしたんですけど…あまり更新されてないんですか?」
「あはは…ほら、更新することもないですしし。見てくれる人も少ないし…」
やっぱり意地悪なのかこの子。純粋ぶって私のフォロワー数が少ないことを遠回しにディスっているとしか思えない。フォロワー数万人をお抱えている貴方からの一言はなかなか響いた。今のは痛かった…痛かったぞと宇宙の帝王のようにこめかみに皺が寄りそうだった。
「そうですか…よかったら今日の撮影のこととかアップしてみてください。四月一日さんがどんな風に思ったのか知りたいですし」
「そうですね…先日の撮影のことも載せてアップしておきます」
たしかに、撮影終わりにアップしてもよかっだろうな。…ただ共演者に私と写真を撮ってくれと頼むのが難しいというか。
ほら、底辺は気を使うものだから。
「はい。よかったら相互フォローしてほしいです」
「わかりました。休憩中にフォローしておきます」
そう言うとスタッフさんにメイクをしてもらうために場を離れた石川さん。
そういえば今日は石川さんと共演するわけだが、正直不安だ。
あくまでも演技だが、多少酷いことを言わなければならないので気が病んでしまう。今回は初対面なので、喧嘩を売るくらいなのだが。
「3、2、1…」
カメラがまわる。だが、それ以前から松村麻美のことだけを考えて臨んでいたので、気持ちの切り替えはとうに出来ている。
「笹木さん…あなたは氷川くんのことどう思ってるの?」
「え…?あの、あなたは?」
笹木の背後から突然声がかかる。松村は笹木のことを知っていたが、笹木は彼女のことを一切知らない。そんな状態で突然想い人に対して問われる。
石川さんはその心情を上手く演じていた。
「ふふ…氷川くんの元恋人だよ。もちろん、今後「元」っていう言葉は消える予定だけど」
「…元カノさんが何の用ですか」
松村は余裕をもっているように見える一方で、笹木は少し押され気味に演じられていた。
なるほど、石川さんが演じることで笹木が健気な雰囲気を纏っている。対比的に私の悪役オーラが強いように見えるな。
「今、氷川くんが気にかけてる女の子のことが気になって声をかけてみただけ。でも、あなたじゃ氷川くんには釣り合わないね」
「たしかに、私は元カノさんみたいに綺麗じゃないですけど…元カノさんより私の方が氷川さんのことが好きですから」
「そう、まぁ私の2番手として、後悔のないように、せいぜい氷川くんにアピールしておきなね」
そう伝えてからその場を去る。
もちろん、軽く微笑んでから。見る人によっては相手を下に見ているかのように捉えられる微笑みで。
「カット!」
「どうします?今ので大丈夫でした?」
「いいんじゃないかな?少し言葉が増えてたけど、自然だったし。それに松村麻美の悪女感が出てたと思うよ」
「じゃあこれでいきますね」
「うん、お願い」
「OKです!」
あぁ良かった。久しぶりの1発OKだ。カットの声で、安心して気が飛んだというか…、さっきまで自分がどう演じていたか、つい数秒前なのに忘れかけていた。
「四月一日さん、すごいです…。川田さんから聞いたんですけど、演技本当にはじめてなんですか?」
「ありがとうございます…なんかそんなに褒められるとむず痒いですよ。石川さんこそ、可愛いヒロインの強気な様子、氷川に対しての想いの強さがしっかり出てて、押されちゃった気がします」
褒められたせいか、嬉しくなって熱弁してしまった。ついでに、石川さんの手も握っていた。
「え、ありがとうございます。なんというか…そんな詳しく褒められると私こそ照れちゃいます」
あ、可愛い。もしかして私は年下の女の子に弱いのでは、そんな疑問が頭に浮かんだ。
「その、石川さんじゃなくて、奏音って呼んでください。私もあかりさんって呼ばせていただきますから」
「わかりました。奏音さん」
「その、他人行儀な敬語もやめてください。あかりさんと演技のことだけじゃなくて、プライベートのこととか、もっと仲良くお話したいですから」
「そ、そっか。分かったよ奏音さん」
そして年下の女の子から距離を詰められることに、既視感を憶えた。…そういえば奈緒ちゃん元気かな。最近はこの撮影に力を入れていたこともあり、SNSはあまりチェックできていなかった。
今日の撮影が終わったら電話でもかけてみようかな。
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