第5話 運命の再会 ~夜のテラスにて~(2)

「これは、ジェフリー王太子殿下!? し、失礼致しました!」


 ミリーナは慌てて背筋を伸ばすと、今さらながらに挨拶を始めた。


「こほん……本日は大変お日柄も良く、ジェフリー王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しくお過ごしかと存じ上げます。それと申し遅れました、私はエクリシア男爵が娘ミリーナと申します。本日はこのような素晴らしいパーティにお招きいただき誠に恐悦至極にございます」


 口上を述べる己の声と、カーテシーをするためにスカートをつまみ上げる手が震えていることに、ミリーナは自分でも気が付いていた。


(ちょっとぉ!? 私ってば今、超上流階級向けパーティの空気が自分には合わないとか言っちゃったんですけど!? しかもよりにもよってこのパーティの主催者であるジェフリー王太子殿下に向かって言っちゃったんですけど!? その上あろうことか謝罪までさせちゃったんですけど!?)


 王室不敬罪でエクリシア男爵家は爵位取り上げでお取り潰し――なんて未来がミリーナの頭をよぎる。


「ははっ、今さら取り繕う必要はないさ」


 ジェフリー王太子にズバリと言われてしまいミリーナは観念した。


(うぐっ、事実確認はもう済んでいるってことですわよね……これはもう何をどう言い訳しても無駄ということ。素直に謝りましょう)


 ジェフリー王太子は、将来の王位継承に向けての経験とコネクションづくりのために、周辺諸国との外交交渉を任されている。


 そして高い情報分析能力と硬軟織り交ぜた巧みの交渉術でもって、山積していた外交案件を次々とまとめ上げ、それによって国内にとどまらず国外からも高く評価されていることを、下級貴族の娘に過ぎないミリーナも耳にしていた。


「先ほどの不敬なお言葉、誠に申し訳ございませんでした。心よりお詫び申し上げます」


 深々と頭を下げたミリーナに、


「ああいや、そういう意味じゃないんだ。ここには誰もいなし、俺はそんなことにいちいち目くじらを立てたりはしないから気に病む必要はないよ。そこは安心してくれて構わない。ほら、顔を上げてミリーナ。俺は話をする時は相手の目を見て話したいから」


 しかしジェフリー王太子は特に怒った様子もなく、優しい言葉をミリーナに投げかけてくれたのだ。


 許すから顔を上げろ、というジェフリー王太子の言葉を無下にするわけにもいかず、ミリーナはおそるおそる顔を上げた。

 するとそこには柔らかく微笑むジェフリー王太子が居て、ミリーナはひとまずホッと一安心したのだった。


「ジェフリー王太子殿下のご寛容な御心に、心からの感謝を申し上げます」


「ははっ、ミリーナは礼儀正しいんだな。ここには俺と君の2人きりだし、今日はパーティの場だ。もう少し普通に話してくれても構わないぞ? そうだ、こうやって会ったのも何かの縁だ。せっかくだから少し俺の話し相手になってくれないか?」


「それはもちろん構いませんが……」


「じゃあ早速質問をさせてもらおう。まず俺のパーティのどういうところが苦手だったんだ? 食事だったりメイドの作法だったり、気になることがあったら何でも言ってくれ」


「……」

 そう問いかけられたもののミリーナは何も答えることができなかった。

 パーティそのものに特に不満があったわけではないからだ。


 食事はどれもこれも素晴らしいの一言に尽きるし、給仕の方々はまるで人の心が分かるかのようにあらゆる事を察しては先んじて行動していた。


 何から何まで完璧すぎて文句なんてつけようがない。

 さすがジェフリー王太子主催のパーティだとミリーナは感心したものだった。


 結局のところ、パーティの空気が合わなかったのは一事が万事ミリーナの心の問題にすぎないわけで。


「なに、ここには誰もいないから遠慮はいらない。俺は常日頃からどんな些細な事でも直すべきところは直したいと思っているんだ。俺は良い王になりたいからな。だから変に気を遣わず素直に思ったことを話してくれないか?」


 しかしジェフリー王太子は、ミリーナの沈黙を王太子である自分への遠慮と受け取ったようで、なおもそんな風に問いただしてきた。

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