第4話 運命の再会 ~夜のテラスにて~(1)
「やっぱり私はもっと素直に心から笑ってくれる男の人の方が好みかしら。あの時遊んだ男の子みたいに――」
ミリーナは遠く夜空に浮かぶ星の海を見上げながら、子供の頃に一度だけ会った男の子のことを思い出す。
10年ほど前にミリーナの家がある中流階層の市民街で偶然出会い、街を案内してあげた少年だ。
ジェンと名乗った彼とはそれっきりだったのだが、街を案内した時に何度もミリーナに見せた弾けるような笑顔は、今でもミリーナの心に深く印象に残っていた。
といってもなにぶん10年も昔にたった1日一緒にいただけだ。
今となってはジェンの容姿や声の響きなどは、もうほとんど曖昧になって思い出せなくなってしまっているのだけれど。
印象的な笑顔の他に覚えているのは、美しい黒髪と黒い瞳くらいだった。
「でもなんだか偉そうなことを言っちゃっているけど、ジェフリー王太子殿下からしたら私のほうがよっぽど論外よね。貧乏男爵家の娘なんて、優しいと評判のジェフリー王太子殿下でもさすがに願い下げだもの」
なにせミリーナときたら、もう17になるというのにお見合いの話もたったの1回すら来ていないのだから。
それも当然である。
好き好んで貧乏貴族の娘を迎え入れようという物好きはまずいない。
もしミリーナに男の兄弟がいなければ、男爵家の家柄が欲しいという商人などが求婚してきたことだろう。
しかしミリーナには弟がいたため、ミリーナと結婚しても男爵家を継ぐことはできない。
なのでそういう需要もありはしなかった。
加えてミリーナは貧乏貴族の娘の例に漏れず、数ヶ月前から花嫁修業も兼ねた3年間の下働きの女中として王宮に奉公に入っている。
それが割と忙しいこともあって、ここ最近は全くといっていいほど男性との出会いがなかったのだった。
「別に今すぐ結婚したいわけじゃないけれど、将来のことは少し考えてしまうわよね」
今まさに結婚願望が強くあるわけではないものの、「行き遅れ」という言葉が頭をかすめる時もある最近のミリーナだ。
そんな風にやや自嘲気味に星空を見上げていると――、
「おや、少し酔いを覚まそうか思ったら先客がいたか。深紅のドレスのマドモワゼル、こんなところで1人で何をしているんだい?」
テラスへ出る扉が開く音とともに、そんな声が聞こえてきた。
ミリーナが振り返ると、背の高い男性が1人でテラスの入り口にたたずんでいるのが目に入る。
しかしテラスと室内は大きな何枚ものガラスで仕切られていて、部屋の明かりが男を背後から照らしている。
ミリーナの位置からはちょうど逆光になってしまっており、イマイチ顔の判別をつけることができなかった。
「皆さんの熱気に当てられてしまいまして、夜風に当たって少し涼んでおりましたの。私ときたら恥ずかしいことに、このようなにぎやかな場はどうにも不得手なようでして」
相手が誰だか分からなかったので、ミリーナはとりあえず当たり障りのないことを言っておく。
貧乏男爵家の娘とはいえ、ミリーナとて貴族の家に生まれた身。
これくらいのことはお手の物である。
そんなミリーナに興味でも持ったのか、
「それは悪かった。パーティを楽しめない者がいたのは俺の責任だ。どうか許してほしい」
男はそんなセリフを言いながら、優雅な足取りでミリーナに近づいてきたのだ。
(あれ? パーティを楽しめないのが自分の責任ってどういうことなのかしら?)
ミリーナは最初、男の言葉を不思議に思ったものの。
男が近づくにつれて、その言葉の意味をこれ以上なく理解させられてしまった。
なんとそのやってきた男というのが、このパーティの主催者たるジェフリー王太子その人だったからだ――!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます