第3話 王太子主催パーティにて

「あー、疲れたぁ……」


 この日ミリーナは貴族や大商人だけが参加できる。ジェフリー王太子主催の特別なハイクラスパーティに参加していた。


 貴族といっても領地も持たない宮廷仕えの下級貴族にすぎないミリーナの家柄である。


 本来ならこの超ハイクラスなパーティに参加することなど夢のまた夢だったのだが、偶然に偶然が重なって奇跡的な確率で招待状が回ってきてしまったのだ。


 とは言うものの。

 実のところミリーナはこのパーティに特に参加したかったわけではなかった。


 しかしジェフリー王太子主催のパーティに娘が参加できると知った両親が泣くほど喜んでいたので、親思いの心優しきミリーナとしてはどうにも断り切れなかったのだ。


 ただまぁミリーナはパーティの醸し出す空気にどうしても馴染めず、半ばで会場を抜け出してこうやって2階テラスで一人、夜空に浮かぶ星々を見上げていたのだが。


「あーあ、同じ貴族って言っても貧乏男爵家の娘とは住んでる世界が違うわよね。改めてそれを感じちゃったかも」


 なにせこのパーティに参加している超上流階級の紳士淑女の皆様方ときたら、皆が皆「うふふ」だの「おほほ」だのと張り付いた笑顔で上辺だけの会話をして、相手の腹を探り合っているのだ。


「もちろん貴族のパーティがただの遊びの場じゃないってことくらいは、分かってるんだけど……」


 張り付いた笑顔の裏で、時に互いが持つ最新の情報を有用な手札として交換したり、時に新たな人脈を作ったり、時に仕事の新しいパートナーを開拓したり。

 さらには若い男女の出会いやお見合いの場となったりと、まさに社交界と呼ぶのにふさわしい政治や駆け引き、縁結びが行われる場所なのだから。


 それがジェフリー王太子主催の超上流階級専用のパーティともなれば、掃いて捨てるほどいる貧乏貴族の娘であるミリーナが楽しめるような場所では、到底ありえないのだった。


「私が男爵令嬢だって知ったら、みんなすぐに冷めた顔で離れていっちゃうんだもの」


 男爵令嬢のミリーナなんぞに声をかける時間などはなく、用意してきた手札や培ってきたコネクションを限界まで使って更なる利益や権力を獲得するための場。

 ここはそういう演目の舞台なのだから。


 であれば貧乏貴族の娘であるミリーナに、逆玉の輿や野心に燃える若い男性がダンスを申し込むこともありはしなかった。


「それでも1人くらいは私をダンスに誘ってくれる男の人もいるかな、って思ったんだけど、それすら甘かったなんてね……」


 もちろんミリーナもこのパーティに参加するにあたって、母から受け継いだ一張羅の美しい真紅のドレスで着飾ってきていた。


 それは庶民にとっては垂涎すいぜんの的になるような高級な仕立てであり、過去に参加した下級貴族のパーティでは大いに目を引くものだったし、ミリーナの赤みがかった美しい金髪に実によく似合っていた。


 似合ってはいたのだが――。

 ことこの最上級の社交場という場にあってはそんな美しいドレスすらも、かろうじて最低限のドレスコードを満たすだけに過ぎなかった。


 最新の流行を取り入れ、手間と暇とお金をかけて繊細に作り込まれた職人技の塊のようなドレスに。

 さらには見惚れるような美しい宝飾品でこれでもかと美しく着飾った淑女たちの前では、ミリーナは白鳥の群れに紛れ込んだ貧相なカラスのようなものだった。


 しかしミリーナはそんな状況を嘆いたりはしない。

 元より分不相応は分かっていたことだ。


 ミリーナがこのジェフリー王太子主催のパーティに来たのは泣くほど喜んでくれた両親を失望させたくなかったのと、


「せっかくだからイケメンと名高いジェフリー=アインス=フォン=ローエングリン王太子殿下を間近で見てみたかったのよね」


 これが理由だった。


 なんだかんだでミリーナも年頃の女の子である。

 白馬に乗ったイケメン王子様と燃えるような恋に落ちる――なんてラブロマンスなシチュエーションに憧れないわけではないのだ。


 ジェフリー王太子主催のパーティはその興味を満たすのにこれ以上ない絶好の機会だった。


 しかし実際に会ってみた感想はというと、


「正直、言うほどじゃなかったかしら。世間の評判だと、自信に満ち溢れた態度と爽やかな笑顔が素敵だって話だったけど、なんとなく嘘っぽかったのよね、あの笑顔」


 たしかに顔は格好いい。

 しっとりと美しい濡れ羽色の髪と、吸い込まれるような黒い瞳も魅力的だ。


 背も高いし、すらっとしているのに筋肉質で、自信に満ち溢れた態度と柔和な笑顔、さらには洗練された立ち居振る舞いは、まさに大国ローエングリン王国の王太子に相応しかった。


 でもその笑顔が――特に若い女性に向ける笑顔がミリーナにはどうにも気になって仕方なかったのだ。

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