第6話 運命の再会 ~夜のテラスにて~(3)
「いいえ、パーティには何の問題もございませんでした。まるで一国の姫であるかのごとく丁重におもてなしされることに、少なからず気後れしてしまったほどですもの」
「では何が気に障ったというんだい?」
「恥ずかしながら白状いたしますと、私が下級貴族の出ゆえに様々な高度なやりとりが行われている此度のパーティの雰囲気についていけなかっただけなのです。ですからジェフリー王太子殿下が気になされる必要は全くありはしませんわ」
貴族とは為政者に他ならない。
政治が綺麗事だけでは済まない以上、腹芸も貴族にとっては大事なスキルだ。
だからこんな子供じみた物言いは一笑に付されてしまうと思っていたのだが、
「ミリーナは心根の綺麗な人なんだな。うん、俺はいいと思うぞ」
ジェフリー王太子は笑うどころか、柔らかな笑みを湛えたままうんうんと頷いて共感する素振りを見せたのだ。
「ありがとうございますジェフリー王太子殿下」
もちろん、ここで下級貴族の娘でしかないミリーナに貴族の何たるかを説いても、ジェフリー王太子に何かメリットがあるわけではない。
その柔らかな笑みの下で軽く失笑していようが、それはミリーナには窺い知れないことだった。
「ところでさっきからじっと外を眺めていたようだが、何を見ていたんだい?」
「はい、今日は特に星が綺麗なので少々見とれておりました」
「なるほど、確かに今日は星が綺麗に瞬いているな。まるで星々もダンスを踊っているかのようだ。ではミリーナ、ここで出会ったのも何かの縁だ。少し俺と踊らないか?」
ジェフリー王太子はパーティの間中ずっと見せていたどこか嘘っぽい柔和な笑顔とともに、惚れ惚れするような優雅な仕草でもってミリーナに右手を差し出してくる。
「ジェフリー王太子殿下、どうぞお気遣いなく。王太子殿下におかれましては、本日もホストとして多くのダンスのお相手を務められてお疲れかと存じます。それに私は下級貴族――エクリシア男爵家の娘にございます。とてもジェフリー王太子殿下のダンスのお相手を務められるとは思いませんわ」
しかしミリーナは速攻でお断りした。
理由は今まさに述べたとおりだが、言わなかったことがもう1つだけあった。
ジェフリー王太子のこの嘘臭い笑顔がどうにも気に入らなかったからだ。
別にジェフリー王太子と踊るのが嫌だったわけではない。
繰り返しになるがミリーナも年頃の娘であり、物語に出てくるようなイケメン王太子との燃えるようなラブロマンスに憧れていたりもする。
そしてジェフリー王子はその全てを満たした、世の女性の思い描く理想の男性像をまさに体現している男性なのだ。
しかしジェフリー王太子の作り笑いは、どういうことかミリーナの心を大いにささくれ立たせるのだった。
そしてそのよく分からない感情に突き動かされるままに、ついミリーナはそんなことを言ってしまったのだ。
「…………」
そしてジェフリー王太子はというと、右手を差し出したままの姿で目をぱちくりとさせていた。
「な、なんでしょうか?」
「……いやなに、女性をダンスに誘って断られたのは生まれて初めての経験だったから、どう振る舞えばいいのか少し戸惑っていた」
「ご、ご不快にさせてしまい申し訳ございませんでした!」
ポカンとした表情で宙に浮いたままの手を見つめるジェフリー王太子の言葉で、ミリーナはハッと我に返った。
謝罪の言葉とともに深々と頭を下げる。
(やばっ、またしてもやっちゃったんですけど!? ジェフリー王太子殿下の顔にもろに泥を塗っちゃったんですけど!? 王太子殿下からの直々のダンスのお誘いだっていうのに、なにを偉そうに断ってるのよ私! こんなチャンス2度とないでしょ? 今の私を見たら100人が100人、馬鹿って言うわよ! この馬鹿!)
割と常識人で、貴族のたしなみもしっかりとマスターしているミリーナの、普段の姿からは到底考えられない立て続けの大失態だった。
内心焦りまくりである。
しかし、なのだ。
ジェフリー王太子と相対してその嘘っぽい笑顔で微笑まれると、ミリーナはどうにも気分が落ち着かず、あれこれ思っていることを素直に言葉にしてしまうのだ。
(一体どうしたっていうのよ私!?)
こんなヘンテコな感情の昂ぶり方はミリーナにとって生まれて初めてのことであり、ミリーナはそんな己の気持ちを抑える術を知りはしなかった。
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