第37話 律華との別れ

「今日は本当にありがとね。いきなりお仕事が入っちゃったけど、それを含めても楽しかった」

「それはよかった。俺も楽しい休日を過ごせたよ」

「なんかお兄さんにはマネージャーみたいなことさせちゃったね? 仕事場に送ってもらったり、リフレッシュさせるために海に連れていってもらったり」

「あはは、言われてみればそうかも」

 日が落ちるまで海辺で過ごした後のこと。

 修斗は律華の自宅の前で車を止めていた。

 今現在、車内で最後の時間を過ごしている最中さいちゅうである。


「……ね、ガソリン代渡すの断られたけど、やっぱり受け取ってくれない? 雑貨屋さんだけならまだしも、仕事場にも海にも連れていってもらったしさ」

 最初からお金を渡そうと決めていたのだろうか、財布の中から一万円をポンと出してきた。


「残念ながらガソリンは満タンです」

「あちこち車を走らせて、スタンドにも寄ってないのに?」

「うん」

「それ給油口から誰かに水入れられてるじゃん」

「あはは、いいツッコミで」

 当然、水増しされているなんてことはない。お互いに冗談を言っているだけ。

 メーターは車を使った分だけしっかりと減っている。


「まあ、今の会話からもわかったと思うけど、そのお金は受け取れないよ。ほら、早く財布に戻す」

「お兄さんの気持ちもわかるんだけど、諸々のお礼ってことで受け取ってよ。今日は本当に振り回しちゃったし、迷惑もかけちゃったから。これがあればご褒美に甘いものを買うとかできるじゃん?」

「そのお金の使い道は俺が決めていいの?」

「そだよ。このお金はお兄さんのものだし。はい! この現場誰かに見られると誤解されるかもだし」

 と、『早く受け取って』と笑顔でお札を近づけてくる。

 大人にとっても一万円は本当に大きなお金。高校生にとってはさらに大きなお金だ。

 それでも出し惜しみしている様子はない。本気で感謝を伝えているのだろう。


「使い道を決めていいのなら、そのお金は律華さんが持ってて」

「へ? なんで?」

「次、一緒に遊ぶためのお金に回してほしいなって。これでまた二人で出かける約束もできるでしょ?」

「う、うわ。そんなことシャレたこと言うんだ。本当は私のお金を使わせる気ないくせに」

「んー?」

「そうやって濁すところズルいしさすがだよねー。結局私が信じないと話が先に進まないし」

「そ、そんな半目にならなくても」

 肌を刺すような視線を感じ、助手席に向かって首を回せば、ジト目に変えている律華がいた。


「だって私、お兄さんになにもお礼を返すことできないんだもん。…………あ!」

 拗ねたような声を出した彼女だが、間を空けてハッとしたような声を出す。

 名案が浮かんだのだろう、凄い切り替えの速さを見せる律華はニヤリとしながら言葉を紡ぐ。


「私の頭を撫でさせたり、、、、、おんぶさせたり、、、、したからちゃんと返せてるねっ? モデルにこんなこと普通はできないし、いい体験をさせてあげたってことで?」

「はいはい」

「そ、そんな軽く流さなくてもいいじゃん。ちょっと攻撃しただけなのに。思い通りにさせてくれないから」

「攻撃するからでしょ?」

「もう……」

 口を尖らせた律華は、ここで諦めたように財布にお金を戻した。


「今日は折れてあげるけど、次は絶対に私がお金払うからね。手の甲にペンで書いとくから」

「ははっ、了解。そこまでされたらなにか奢ってもらうよ」

「ん」

 お互いが譲歩する結果になったが、落としどころとしては悪いものではない。二人はお互いに微笑を浮かべ、話に一区切りをつけていた。

た。


「じゃあ、そろそろ私はお家に帰ろっかな。本当はまだまだここに居たいところだけど、お兄さんは明日お仕事だし、疲れを取ってもらわないとね」

「気遣いありがとう」

「さすが律華ちゃんってね? それじゃ、ドア開けまーす」

 まだまだ元気が有り余っている声色。ドアを開けて外に出た律華を見届ける。


「あ、お兄さんちょっとだけ待ってて! 渡したいものあるから!」

「渡すもの……?」

「そう! だから1分だけ時間ちょうだい」

 そして、こう言い残した律華は、髪を靡かせながら走って家の中に入っていく。

 彼女が玄関から現れたのは、30秒後。

 ピンクのクロックスを履いて車に近づいてくると、左手でドアを開けてきた。

 その右手には、『渡したいもの』が握られていた。


「はいこれ、入浴剤っ! お家から盗んできた。これでゆっくり体休めてね」

「あはは、わざわざありがとう。遠慮なく使わせてもらうね」

「んっ、このお礼は私の頭撫でることでもいいよ?」

 まるで、最初からこれを目論んでいたかのように頭を突き出してくる律華。そんな彼女に意地悪するように修斗は言う。

「ありがとう」と。


「ねえ、そうじゃないって。早く撫でてよ修斗さん」

「は、はいはい……」

 要望に応えなければ退かないというのは分かっていた。

 いきなり呼び名を変えられたことで動揺したものの、修斗はその頭に手を置いた。


「むふ、正直背徳感凄いでしょ?」

「はい終わり」

「ちょ、さすがに早いしっ! もう一回」

 そんなやり取りを複数回交わし、別れる二人だった。



 * * * *



 その日の夜。律華推しのVtuber、七星桜は雑談配信を行なっていた。

 ゲームの話から、メンバーの話、最近あったことを話題に出し、次に出すのはコレだった。


「あっ、そうそう。みんながオススメする美容院ってどこかあります? 最近、ちょっと髪が伸びてきちゃって……。って、さすがに海外の美容院にはいけないですよ」

 その質問がされると、コメントは一斉に流れ出す。

 桜は住んでいるところを明かしていないため、幅広い美容院が視聴者によって挙げられる。

「ふむふむ」

 そんな相槌を打ちながらコメントを読んでいくと、桜はとある書き込みを見て目を大きくした。


『都内にあるシャルティエ! モデルの律華さんもオススメしてた!』

 今日、カフェで偶然に出会った人物の名前に。


 修斗と彼女が出会うキッカケは、間違いなくこのコメントだった。

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青年美容師、ヘルプで配属された店にて陽気なJKギャルモデルのかまって攻撃に困らされる。 夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん @Budoutyann

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