第32話 律華②
「ホイップ追加したらそんなに多くなるんだ……。なんか山みたいになってるけど」
「蓋なしで注文したらこうなるんだよねっ」
「その量のクリーム食べたら胸焼けすると思うよ、俺」
歩いて駅付近のスタバに着き、注文したドリンクを持って席についた二人は、楽しそうに会話を続けていた。
「なんか聞くよね。歳を重ねると生クリームたくさん食べられなくなるから、若いうちにたくさん食べておいた方がいいぞ!! って」
「油分が多いんだよね、確か」
「太っちゃうのはわかってるんだけど、美味しいからたくさん食べちゃうんだよねー。こんな性格だから本当体型維持するの大変だよ」
「でも、しっかり維持してるんだから偉いよ。律華さんは」
夜遅い時間に彼女と焼肉を食べにいったこともある。今回はカロリーの高いドリンクを注文している。
好きなものを食べている分、お肉がついてもおかしくはないが、腰にはしっかりとしたくびれを作っている律華である。
「さすがのプロ意識って感じで」
「お兄さんのおかげで気持ちを切り替えたからさ? もっとお仕事を頑張ってみんなを見返すって。だから体型で躓くわけにはいかないよ」
「そっか」
「っと、一応スプーン持ってきたけどお兄さんもこのクリーム食べる? 抹茶ティーラテに乗せても美味しいと思うよ」
「ありがとう。でも大丈夫。この抹茶ティーラテも甘いから」
もしかしたら食べるのかもしれない。と、プラスチックのスプーンを持ってきてくれていた。
まだ未成年であるにも拘らず、本当に気を利かせられる彼女である。
「え? 抹茶って苦くないの? カフェいく時は絶対に避けるメニューだよ。私」
「もったいないなぁ。全然苦くないのに」
「本当……?」
「嘘はつかないって。この機会に飲んでみる?」
「……で、出た。そうやって慣れてる人がサラッと言うやつ」
一度言葉に詰まらせた律華は、ジトリと細目を作って刺すような視線を向けてくる。
日焼けのない顔は赤みを帯びていた。
「慣れてるっていうと?」
「そ、そんなのもわからないとか……。ほら、間接キスに……なっちゃうじゃん。そんなの恥ずかしくてできないんだけど、お兄さんは平気なわけ?」
「いや、さすがにそんなことしないって! 蓋は外すよ、もちろん」
飲み口のある蓋で飲んでいた修斗だが、ここで外して紙コップの状態にする。
これで間接キスの可能性はゼロになる。
「どうする? 飲んでみる?」
「んー。だね。せっかくだから飲んでみようかな。じゃ、私のも飲む? こっちはストローで飲んでるから大丈夫だよ?」
「そうだね。せっかくだから俺も一口いただこうかな」
「はーい」
両手でオシャンティーなフラペチーノを差し出してくる。修斗も溢さないように差し出して交換する。
「抹茶ティーラテ、ホットだから
「ねえ、それ子どもにする注意じゃん……」
「あ、あはは……。ごめん。ちょっとお節介すぎたね」
「ま、それがお兄さんらしいところだからいいんだけどね。それに職業病みたいなのだろうし。美容師って細かなところに注意して仕事するじゃん?」
「上手なフォローをどうも」
「ん、これはフォローってより本気で思ってることだけどね。じゃあいただきます」
「俺もいただきます」
そうして、お互いのドリンクを一口飲んでいく。
修斗の場合はクリームが鼻につかないように気をつけて、である。
「……んっ、これ美味しいじゃん! あれ、抹茶ってこんなに苦くなかったっけ」
「抹茶自体は苦いけど、ドリンクとかスイーツに入ってる抹茶は苦くないよ。もちろん風味はあるけどね」
「へえー。今度は抹茶フラペチーノ頼んでみよっと。気に入ったかも」
「それはよかった」
笑顔を浮かべる律華にそう返事する修斗だが、今の顔は優れていなかった。
「って、お兄さんは凄い顔してるじゃん。あんまり口に合わなかった? ベイクド&クリーミー生ホワイトチョコレートフラぺチーノは」
「いや、美味しいことには美味しいんだけど……甘っまいからこれ」
「ホイップも追加しちゃったからかな?」
「そうだと思う。もちろん美味しいんだけどね」
「ぷっ、そんな険しい顔で言ってもあんまり説得力ないって! お兄さんは甘すぎるものは苦手なんだ?」
「ま、まあそんな感じかな」
「そっかそっか。りょーかい」
注文したフラペチーノに渋い顔をされてしまったが、律華は表情を柔らかく崩していた。
『甘すぎるものは苦手』これはいい収穫だったのだから。
「あ、忘れてた忘れてた」
「ん?」
「今日は車を運転してもらうから、今のうちにガソリン代を渡しておくね。3000円くらい? ちょっと値段はわかんなくって」
「0円だよ」
「いや、なわけないじゃん。それならガソリン使い放題ってことになるし」
「うん。使いたい放題」
「その嘘が通じるのは小学生までだって」
恐ろしいほど自然に嘘をつく修斗だが、常識を知っている律華には当然バレる。いや、バレないわけがない話だ。
「じゃ、運転代で3000円! これならなにも言えないでしょ」
と、別方向の条件でお金を出すが、ここで真面目で説明を受けるのだ。
「いや、本当に気にしなくていいよ。さすがに年下からお金をもらうことはできないし、そのお金をお姉さんのプレゼントに当ててくれた方が嬉しいから。ほら、せっかく運転して連れていくわけだから」
「……」
「だから、ね?」
「わ、わかったよ……もう」
頬を膨らませた律華は、財布をカバンの中に戻す。そのまま不満げに言葉を続けるのだ。
「マジで大人の意見じゃん……。さっきまでガソリン使い放題とか言ってた人が言うセリフじゃないでしょ」
どこか照れながら伝えているのは気のせいじゃないだろう。
「……ありがと。じゃあそうする」
「どうも」
「なんかお兄さんと付き合うことができたら、めっちゃお金出してくれそうだし、お金も溜まりそうだなー」
ちょっとした反撃である。
「な、なんか金づるみたいな言い方は引っかかるけど……そうかもね。尽くされるというより、尽くすタイプだし。美容師はこっちのタイプの方が多いかも」
「ふーん。ちなみに私も尽くすタイプ」
「なんかウブなかかあ天下っぽくなりそうだよね、律華さん」
そして、同じく反撃を仕返す修斗である。
「お兄さんが彼氏とかになったら、絶対尻に敷いてやるし」
「うわ、怖い怖い」
「尻に敷いてくれてありがとう、の間違いじゃない?」
「フ」
「ねえ、もうちょっと別の反応あったでしょ……。鼻で笑うんじゃなくって!」
ノリと軽口で会話していた矢先、あまりに雑な反応を食らってしまったわけである。
このツッコミは妥当である。
「まあいいけどさ。……で!」
そこでパン! と手を叩いて空気を変えた律華は、目を大きくしながら言った。
「カフェの中で絶対しようと思ってた会話あるんだけど、いい?」
「もちろん。その絶対にしようと思ってた会話って言うのは?」
「Vチューバーだよ! 私がオススメした七星桜ちゃんの配信見てくれた?」
——と、この話題、この名前が出された瞬間である。
「っ」
修斗と律華の隣に座る小柄な女の子がビクッと肩を揺らしていた。
そして、注文していたミルクティーを飲む回数を多くする。さらには落ち着きのない様子でチラチラと視線を送っていたのだった。
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