第31話 律華①

『め、めっちゃ可愛い子に腕組まれてるやんアイツ……』

『やべえな、あれ。やべえしか言葉が出ないわ……』

『あの子、いくらなんでもスタイル良すぎじゃね? 絶対モデルさんだよな……』

『さすがに羨ましいぜ……。どこで捕まえたんだが』

『俺は羨ましくなんてないんだから』

『お前が一番羨ましそうだぞ?』

 駅前は通行人も多い。

 背中をズキズキと刺されるような視線を感じながら、修斗は律華に責められていた。


「ねえ、さっきのお姉さんにナンパされてたでしょ? 絶対。私にはわかるんだから」

「ちょっと声をかけられたくらいだよ」

「それをナンパって言うんじゃん!!」

「ッ」

 この不満は力に変わる。

 ギュッとさらに強い力で腕を絡めてくる律華。このせいで彼女の胸が腕に当たってしまう……。

 結果、腕を動かすことができない状況に陥っていた。


「仮にナンパされたとしても……どうしようもなくない?」

「無視すればいいじゃん。優しく対応すると『コイツいけるぞ』って思うんだから」

「そ、そうなの?」

「ん」

「じ、じゃあ謝るからちょっと手の力を緩められる?」

「ヤだ」

 胸に当たらないために提案したことだが、即答で断られる。

 強い意志を見せるように口元をむっと縛る律華は、ほんのりと頬を赤く染めていた。


「無理しなくていいのに。顔赤くなってるよ?」

「赤くなってなんかないし。こんな構図、仕事でするし!」

「仕事のスイッチが入ってない今は状況は違うような」

「う、うっさい。私焦ったんだからね? 取られるんじゃないかって。『どこかなー』って探してたら、女の人に言い寄られてるし」

「あ、あはは。さすがに約束を破ったりしないよ?」

「それはわかってるけど…。不安になるもんはなるんだもん。やっぱり」

 過去、イジメられていた律華なのだ。今までなにかしらで約束を破られた経験があるのだろう。

 それが不安に繋がっているのだとなんとなく感じた修斗である。


「だからこのまま。わかった?」

「はーい。じゃ、無事に合流できたことで今日は楽しもっか」

「ん!」

「お強いお返事で」

「当たり前じゃん。今日は楽しむためにここにきてるし」

 大きく頷いて答える律華である。


「あ、そう言えば気になってたんだけど、今日は帽子とかマスクはしなくていいの? 身バレしちゃわない……?」

「帽子被っちゃったら、この可愛い髪型みんなに見せられないじゃん」

「身バレよりもそっちが優先するのは間違ってるような」

「間違ってないよ。なにかあった時はお兄さんが守ってくれるし」

「出た、そう言うの」

「にひ。まあ、身バレとか気にしてたら楽しく遊べないでしょ? せっかくのデートなんだから自然に過ごしたい気分だし、前にも言ったと思うけど男からの知名度が高いわけじゃないから、そこまで気にすることじゃないよ」

 律華が主に活動しているのは女性誌。そして、その購入層は名前にある通り女性である。

 男性がなかなか触れない雑誌だからこそ、男女で知名度に大きな差が出るのだ。


「……でも、心配してくれてありがと。嬉し」

「当たり前のことじゃない? さすがに」

「そうかもだけど、嬉しいし?」

 にぱっと笑って促すように伝えてくる。


「出た出た、そう言うやつ」

「あ、今ちょっと照れたでしょ? 私のことウブだってからかってるくせに」

「律華さんほどじゃないから平気」

「ふ、ふーん。なら絶対照れさせてやるし」

「そんなゲームはしないでください」

「デートだからいいじゃん」

「よくないです」

 今までで一度しか付き合ったことのない修斗なのだ。腕を組んだまま攻められ、余裕がなくなっていく。


「ま、まあ……それで話は変わるんだけど、これからいく場所はカフェでいいんだよね?」

「うん。近くにスタバがあるから、まずはそこにいこ? で、その後のことなんだけど、今日はお兄さんの車を使っても大丈夫なんだよね?」

「うん。夜遅い時間ならまだしもこの時間だからね」

「じゃあ、MOWAっていう大型の雑貨屋さんにいきたいな。車で15分くらいかかるところにあるんだけど」

「おー、いいね! いこっか!」

 雑貨屋と聞いて声を弾ませた修斗に、赤色の目を大きくする律華は、パチパチとまばたきをして口にする。


「その反応、ちょっと意外なんだけど。雑貨屋さん好きなの……? 結構女性向けだとは思うんだけど」

「面白い商品いっぱいあるから好きなんだよね。踏み台を押せば口が開くカエルのゴミ箱とか」

「なんかめっちゃ女子力高いじゃん……。もしかしてさ、日光で動く花のおもちゃとか家に置いてない?」

「よくわかったね。車にも置いてるよ」

「えっと、実は狙って置いてたりしない? それだとちょっとモヤモヤするんだけど」

「いや、好きなだけだって」

 実のところ両親もこの手の商品が好きなのだ。そのような経緯から好んで購入している修斗である。


「でも、どうして雑貨屋さんに? 律華さん服とか好きそうだけど」

「実はお姉ちゃんの誕生日が来週にあってさ、小物をプレゼントしたいんだよね」

「ほう……」

「な、なにそのニヤニヤした顔。肩パンしたくなるんだけど」

「お姉さんのことが大好きなんだなって」

「べ、別にそれは言わなくていいじゃん……!!」

「あははっ」

 途端、赤面させた律華は片腕を解いて腹にパンチをしてくる。恐ろしいことに鳩尾みぞおちを正確に狙っていたが、力を弱めてくれていた。


「でも、立派だね。誕生日には家族にプレゼントをするって」

「お兄さんはしないの? プレゼント」

「誕生日プレゼントをしたのは20歳を過ぎてからかなぁ……。18歳の頃はなにもしてなかったよ」

「でもさ、『おめでとう』くらいは言ったでしょ?」

「そのくらいはね」

「ならいいじゃん。一番は気持ちが大事だよ。気持ちが」

「もしかしてフォロー入れてくれてる……?」

「ん、しょうがないから入れてあげてる」

『優しいでしょ?』なんて言わんばかりの顔を見せられ、『どうも』なんて顔を返す修斗は、これをプレゼントする。


「そんな律華さんにはスタバ奢るよ」

「えっ、本当!? 結構高いやつ頼むつもりなんだけどいいの?」

「うん」

「じゃあベイクド&クリーミー生ホワイトチョコレートフラぺチーノのクリーム増量で!」

「よく噛まないで言えるなぁそれ」

「実は練習してた。ちゃんと言えたらカッコいいし」

「あはは、そっか」

 そうしてカフェ、スタバに向かって二人はゆっくりと歩いていく。


「あ、今のうちに言っておくんだけど……カフェに入る時には腕解いてね?」

「さ、さすがに離すって。今ですら恥ずかしいし。——ウブじゃないし!」

「まだなにも言ってないって」

「言う顔してたじゃん」

「バレてた」

「ナンパする人には優しいのに、私には意地悪ってなんなの?」

「なんでだと思う?」

「う、うざ!」

 悪口が飛ぶ会話がされるが、お互いに気を許しているからこそである。

 仲の良さは目に見えてわかることだろう。

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