第30話 律華の敵意

 乃々花と付き合っているのではないか……。なんて社内で溢れる噂と戦いながら迎えた修斗の休日。

 平日の木曜日である。


 ワックスで髪を整え、白のTシャツに灰色のジャケットを羽織り、しわ加工された黒のズボンを履いた修斗は、待ち合わせ場所である駅前の噴水前についていた。


 律華との待ち合わせ時間は13時。

 車でここまできた修斗だが、一度も信号に引っかからなかったことで20分も早く着いていた。


「まあ、待たせないよりはいいよね」

『長い』なんてことは思わない。

 ベンチに座り、スマホを使って時間を潰すことにする。

 そうして何分が経っただろうか。背後から声をかけられる修斗である。


「そこのおに―さん」

 語尾に音符がついたような『お兄さん』呼び。

 律華かと思い振り返ったが……彼女ではなかった。


「……あっ、はい? どうされました?」

 声をかけてきたのは大学生と思われる茶髪の女性だった。

 今どきのファッションで、若々しく明るい雰囲気を持っている。


「すみません! 今何時かわかりますか? ちょっとスマホを忘れちゃって……!」

「ああー。今は……12時52分ですよ」

 腕時計を見て、現在の時間を教える。


「ありがとうございますっ。カッコいい時計をされてますね!」

「あはは、自分も気に入っている時計でして。それよりスマホを忘れると不便ですよね。自分も何回かあるのでわかります」

「そうなんですよ。私はもうスマホがないと生きていけないです」

「あ、もしよければ電車の時刻も見ますけど大丈夫ですか?」

「っ……」

 日々接客業をこなし、コミュニケーションに長けている修斗なのだ。

 ナンパ師を相手に主導権を渡していなかった。


「そ、その返しをされたのは初めてだ……」

 もう心の声を漏らしている女性だが、その一方で上手な演技で言葉を続けた。


「あれ、なんかバッグの中から振動が……。あっ。スマホありました!」

「それはよかったですね」

「ちなみに……もうバレちゃってますよね?」

「はい」

 勘違いなら恥ずかしいところだが、この質問の仕方で確信する。コクリと頷いて笑みを浮かべた。


「じ、じゃあもうストレートに言いますね! もしよかったら私達と遊びませんか!? 暇しているかなーって思いまして」

「ん? 私達……と言いますと?」

「あそこにいる女の子も一緒に、ですね!」

 駅付近にいる二人の女性を指した。三人グループで遊んでいるということだろう。


「お兄さんは今一人ですよねっ?」

 隙を突くように笑顔で聞いてくる女性だが、修斗は抜かりなかった。笑顔でこう返すのだ。

「いえ、お腹にもう一人いるので」

 と、お腹を触って。


「へっ!? あっ……」

「ということなので」

 比喩的な表現でやんわりと断るのだ。


「ど、どうしてもダメ……? カラオケとかボーリングとかどこでもいいよ?」

「お腹に負担がかかっちゃうので」

「カラオケはそうじゃないかもだよ?」

「自分、歌いながら激しく踊る人間なんですよ」

「ぷっ、なにそれ!」

 そこでとうとう吹き出した。


「あー。これはダメだ。相手が悪いや。友達には絶対成功するって宣言したのになぁ」

「もし待ち合わせをしていなければお誘いを受けていたかもですね」

「絶対に嘘だぁ。顔に書いてますもん。『ナンパはお断り』って」

 もう諦めモードに入っている彼女だが、今度は別の角度で切り込んできた。


「じゃあ連絡先の交換だけでもどうですかっ? 正直、機会があれば遊べたらなぁって思ってて」

「名刺でよければお渡ししますよ」

「えっ、いいの!? 断られると思ってた」

「お断りはしないですよ」

 そして、財布を取り出した修斗は両手で名刺を渡す。


「美容院にてお待ちしております」

「あっ、お兄さん美容師さんなんだぁ。通りでオシャレだなと思……って、これ営業じゃないですか!」

「あはは、すみません。すぐ捨ててもらって構わないので、お友達とのネタにでもしてください」

「あっ、もしかして……『友達には絶対成功するって宣言した』の言葉があったから私に名刺を渡してくれたりしました? これで『名刺はもらったぞー! 一応成功!』なんて言えますし?」

 筋の通った予想をすることで頭の良さを見せる彼女。そして、確信に近い思いを抱いているようだった。


「ご想像にお任せします。その名刺を見ていただいただけでもこちらはプラスなので」

「はあ。お兄さん本当強いなぁ……。こんなに相手が悪いと思ったのは初めてですよ」

「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいです」

 ナンパ後とは思えないやり取りをする二人である。


「もしかしてですけど、これからデートをされるんですか?」

「彼女というわけではないですけど、そのような感じですね」

 もうアフタートークのようなものに入る。


「あのー、お兄さんの彼女さん絶対可愛いですよね?」

「いやぁ、わがままで、甘えん坊で、子どもっぽいですよ」

「うわ、惚気だぁ……」

「あはは、すみません」

 と、こんな調子で何気ない会話を7分ほど続けていた時だった。

 タイミングよく、もう一つの声がかかるのだ。

「ちょっとー。なにナンパされてるの?」

 呆れたようなジト目を作る彼女、律華は修斗がシャルティエでセットした髪型を作って登場した。

 アンダーウェアは裾がふんわりとなった白のパフスリーブ。ブランドのベルトを通したデニムのショートパンツで長い足を見せている。

 スタイルの良さと露出度、その綺麗な容姿で周りの視線を釘付けにする律華は、修斗の裾を自然に握った。


「あっ、別にナンパされたわけじゃないよ。ちょっとした知り合いで」

「ふーん……。ならいいけど。私のがいつもお世話になってます」

 律華はセンサーがしっかりと働いていた。警戒するような視線で、こんな圧をかけたのだ。


「い、いえいえ」

「もうお話は終わったの?」

「うん、ちょうど別れるところだったから」

「そっか」

 待ち合わせをしていた律華がきたことで別れの時間になる。


「それでは、自分達はこれで。話しかけてくれてありがとうございました」

「は、はーい……」

「じゃあいこ、修斗、、

「ちょっ」

「『ちょ』じゃないから」

 律華は抜かりなかった。アピールをするように修斗の腕に手を絡めれば、リードするように引っ張っていく。

 そのまま振り返ることなく連れ去っていったのだ。


 そうしてポツンと取り残される彼女の元に、遅れて友達がやってくる。


「ね、ねえ……。あれポップベリィーの律華ちゃんじゃなかった?」

「モデルのでしょ!? アタシもそう思った!」

「なんか私、凄い人の彼をナンパしてたかも……」

 知っているモデルの登場に、呆気に取られる。


「でも、めっちゃ楽しそうに話してたし、案外いけそうじゃなかった……?」

「無理無理! レベルが違うって! あの男の人がリードしてくれてた感じだもん」


「またすごい人の彼に声かけたねえ……あんた」

「モデルさんから圧飛ばされちゃった……」

 そんな会話が駅前でされていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る