第27話 デート?④

 その後のこと。

「も、もしかしてまだお酒飲むつもりですか……?」

 のそーっと手を伸ばしてアルコールメニューを取った乃々花に対し、目を大きくしながら聞く修斗がいた。


「お水も飲んだからまだ大丈夫だよ……? いつもは3杯飲んでるもん」

「ま、まあ……」

 3杯飲むことに異様なこだわりを見せている。

 一体どうして……? なんて思った矢先、その理由を知ることになる。


「修斗くんまだお酒飲み足りない、、、、、、と思うから……もうちょっとわたしと飲もうね」

「……」

『修斗のお祝いの会』を一番に考えてくれている乃々花なのだ。

 楽しませようと、不便のないようにと、一生懸命付き合おうとしてくれている。

 このような気遣いを知れば、彼女の気持ちを尊重したくなる。


「ちなみに乃々花さんは最後の1杯……なにが飲みたいですか?」

「これ、カルーアミルク。コーヒー牛乳みたいで飲みやすいの」

 ニッコリ目を細める彼女は、メニューを指差して促してくる。


「修斗くんも一緒に頼んじゃお? 美味しいんだよ」

「それでは一緒のお酒を注文しましょうか。店員さんを呼びますね」

「うんっ、ありがとう」

 カルーアとはコーヒーのお酒。ミルクで割ることでコーヒー牛乳にような飲み心地になるお酒。

 彼女の言う通り、甘くて飲みやすいお酒だが……気をつけなければいけないのは度数が高いということ。


「すみません、これを2杯お願いします」

 言葉通り、店員を呼ぶ修斗は注文する。

 商品名を口に出すわけではなく、メニューを手に持ち、指を差して。


 指を差した先にあるのは、ノンアルコールの枠。

『なんちゃってカルーアミルク』という商品である。


 商品を言わずにメニューを指差した行動。そして、ふわふわした乃々花の様子を見て店員はすぐに察してくれた。


「かしこまりました。カルーアミルク、、、、、、、を2杯ですね。少々お待ちください」

「ありがとうございます。助かります」

「いえいえ。それでは少々お待ちください」

 ノンアルコールを口に出さずに注文を確認してくれた。

 そうして店員が離れると、両手で頬杖をつく乃々花は、上目遣いをしながら首を右に傾けた。


「修斗くん、今日は楽しい……?」

「本当に楽しいですよ。また今度一緒にいきましょうね」

「ふふっ、それならよかったあ」

 力が抜けているような、ふにゃっとした安心の笑みを浮かべている。

 間違いなく言えることはもう酔っているということ。


「修斗くん……」

「はい?」

「……」

「……な、なんですか?」

「ふふ、言いたいこと忘れちゃった」

「それは仕方ないですね」

 確実に言える。どんどんと酔いが回っていることに。

 梅酒をハイスピードで飲んでしまった影響だろう……。


「あの、じゃあ今度は自分が乃々花さんに質問しますね」

「なに?」

「乃々花さんは酔っちゃとどうなります? 悪酔いしちゃうとか、泣いちゃうとかいろいろあると思いますけど」

「んー……。眠くなっちゃう……かな」

「そう言われてみれば目がトロンってなってますね?」

「も、もう?」

「あっ、すみません。気のせいかもしれないです」

 実際、眠たそうな目になっている乃々花だが、あえて濁した修斗だった。


「すみません、いきなりこんなこと言うのもあれなんですが、乃々花さんの住所って教えてもらえたりします?」

「わたし、眠ったりしないよ……?」

「あ、あはは。一応ですよ」

 眠たげな目で言っても説得力がないのが現状である。さらには首がメトロノームのようにゆっくり動いているのだ。


「(ノンアルコールですけど)注文したカルーアミルクって度数が高いですから」

「じゃあ修斗くんのお家も教えてくれる? 修斗くんが眠っちゃった時に困るから」

「わかりました。ではお互いの住所を教えるということで」

「うんうん」

「あ、連絡先を交換するついでに住所を教え合うというのはどうですか……? 実は乃々花さんの連絡先だけもっていなくて……」

「いいねー。そうしよっか」

 連絡先を交換する機会をずっと窺っていた乃々花なのだ。

 もし酔っていなければ、もっと別の反応があっただろう……。

 そして、彼女がシラフに戻った際、『別の反応』は蘇ることになる。


 そんなことはつゆ知らず、テキパキと連絡先を交換する修斗は、住所を聞いて間違いがないか確認を終わらせる。

(これでなにがあっても安心だ……)

 なんて思ったと同時、感じたままを口にする。


「えっと……乃々花さん。警戒させてしまうのは申し訳ないんですけど、男と飲みにいく時は本当に気をつけてください。そんな状態になっちゃったら格好の獲物ですから」

「うん? 大丈夫だよ……? わたしは強いから」

「そ、そうだといいんですけど……」

 連絡先を簡単に入手できた。住所も簡単に教えてもらえた。さらには酔ってしまったら眠くなってしまう美人な乃々花なのだ。

 悪い男の目線になれば、狙い目でしかない。


(仕事中は本当に頼り甲斐があるのになぁ……)

 お酒の席では不安で仕方がない。そんなギャップを目の当たりしながら、ノンアルコールのお酒が届くのを待つ修斗だった。


 それから、何十分が経っただろうか。

 気づけば日を跨ぐ時間に近づいており——。


「すう、すう……」

 カルーアミルクを半分ほど飲んだ乃々花は、壁に寄りかかり……目を閉じていた。

『わたし、眠ったりしないよ……?』

 なんて言っていた先輩はどこへいったのか、完全にお酒にやられていた。

 小さな寝息を立てながら無防備な寝顔を見せていた。


「乃々花さん」

「すう……」

「あ、はは……」

 返事は寝息である。

 眠っていることを確信する修斗は、苦笑いを浮かべた後、申し訳なさそうな表情に変えていた。


「本当やっちゃったな……。最初にいろいろ確認しておかなきゃいけないのに……」

 お酒は強いのか。いつも何杯飲んでいるのか。

 そんな情報を知っていれば、お酒を飲むペースが早まった時に注意することができていた。

 眠らせるようなことはなかっただろう。


「次からはこんなことがないようにしないと……」

 修斗はオーナーの息子。粗相を一つ犯しただけで店の評判に大きく下げてしまう人物。

 毎日のように厳しく指導されていたからこそ、反省が前に出るのだ。


「乃々花さん、そろそろ帰りましょうか」

「んぅ……」

「背中貸しますよ。乗ってください」

「……ん」

 体勢を低くして背中を見せれば、亀のようなのっそり具合で寝ぼけながら乗ってくる乃々花である。

 そうして細い腕が首に回されたところで……。

「おいしょっと」

 おんぶをして立ち上がる。


 彼女の甘い匂いに柔らかい体。首に当たる暖かな吐息に背中に当たる胸の感触。

「さ、さて……」

 やましい気持ちを考えないように、乃々花の住所一つに集中する修斗だった。


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