第26話 デート?③

「というわけで乃々花さんの恋愛事情を教えてもらいますね」

「えっ、ま、待って!」

 このように促した途端だった。動揺を露わにする乃々花がいた。


「本当に1回なの? そんなの信じられないよ。慣れているのは間違いないのに……」

「恋愛に慣れていることと、異性に慣れていることはまた違う話ですからね」

「っ」

「言うならば乃々花さんも男性に慣れていると思いますし、異性に慣れていなければ美容師は務まらないような気がします」

「……」

 ハッとしたように目を丸くする乃々花は、石のように固まっている。

 納得する部分があったのだろう。


「な、なんかズルい……」

「乃々花さんが最初に焚きつけたんですよ? ズルいもなにもないですよ」

「そ、それはそうだけど……。もぅ」

 頭を抱えながら後悔の表情を浮かばせている。

『恋愛に慣れていることと、異性に慣れていることは違う』ことを理解していれば、4回与えられたチャンスで正解できていたかもしれない。

 修斗はヒントを与えていたのだから。

『10回』と答えた時、『多い』と。


「……あ、グラスも空になってるでまずはお酒を注文しませんか? 自分もそろそろなくなりそうなので梅酒を注文しようかなと思っているんですけど」

「わたしも梅酒にする……」

「わかりました。今度は自分が注文しますね」

 賭けに勝ったことでパワーバランスが変わった瞬間である。

 そして、注文したお酒を店員が持ってきたところで本題に移る。


「では、乃々花さん。条件通り恋愛事情について教えてもらいますね。もちろんディープなことは聞きませんから」

「う、うん」

 小さくなって頷く乃々花は、現実逃避するように梅酒を口に含んだ。修斗も一番最初に注文したレモンサワーを飲み切り、本題に入る。


「それでは、お付き合いをした回数をお願いします。これは自分も教えたことなので」

「お、お付き合いした回数は……そ、その……」

「3回から4回って予想しているんですが違います?」

「うん……」

「となると1回から2回ですかね……?」

「ち、違うよ」

 小さな声で否定しながら、首を左右に振る乃々花。その顔は少しずつ赤くなっている。


「えっ、じゃあ5回以上ですか!? 乃々花さんのことですから、すぐに別れるような問題は作られないと思うんですが……」

「だって0回……だもん」

「…………えっ?」

 今度は修斗が石のように固まる番である。


「あの、もう一度言ってもらってもいいですか?」

「0回だもん……」

「ま、またまたご冗談を」

「ほ、本当だよ……」

「いやいや、乃々花さん凄く美人じゃないですか。美容師の腕の凄いですし、さすがに信じられないですよ」

「っ」

 乃々花が修斗のことを信じられなかったように、修斗もまた乃々花のことを信じられない現象が起きていた。

 その結果、本心が口から飛び出す。

 ……それは乃々花からしてとんでもないこと。


 尊敬する人、憧れている人から……容姿を褒められたのだから。今まで培ってきた技術を褒められたのだから。

 頭が真っ白になってしまう彼女は、茹でダコのように顔を真っ赤にしてしまう。もじもじとしながら弁明するのだ。


「そ、そうは言っても付き合ったことないんだもん……。こんな恥ずかしい嘘つかないよ」

「す、すみません。どうしても信じられなくて……」

 お互いに恥ずかしい時間に包まれる。気を紛らわせるように二人同時にお酒を煽った。

「えっと、少し話を変えてもいいですか?」

「う、うん」

「今までどうしてお付き合いをされなかったんですか……? もう口を滑らせてしまったので言いますけど、乃々花さんは美人ですし、優しいですし、何度も告白をされているとは思うんですが」

 普段言わないこと……恥ずかしいことを口にしてしまう。これがお酒の力。

 乃々花は真っ赤っかな顔でその疑問に答えるのだ。


「さ、最初は恋愛に興味がなかったの。告白をされたこともなかったから、縁もゆかりもないものだって思ってて……。でも、美容院に通ってイメチェンをしてからは告白をされるようになって、ちょっとずつ恋愛に興味を持つようになって……」

「恋愛に興味を持つようになってからもお付き合いはされなかったんですか?」

「うん……。その頃は美容師になるためのお勉強を一生懸命してたから……。恋愛をする時間なんかもったいないって思ってたくらいで……」

 恋愛に興味が出たものの、美容師になりたい。その熱の方が強かったということだろう。


「なるほど。そのような理由があったからなんですね」

「あ、あの……内緒にしてね? この件……。わたしが誰ともお付き合いしたことないってこと……」

「それはもちろんです。言いふらすようなことでもないですから」

「ん、ありがとう……」

 内容が内容だった。先ほど注文した梅酒をもう完飲した乃々花である。


「でも、よくこの賭けに乗りましたね? 内緒にしてほしいってことはやっぱり秘密にしてたことでしょうし……」

「当てられる自信、本当にあったんだもん……」

 その結果、擦りもしなかった彼女である。拗ね気味の顔になるのも仕方ないだろう。


「し、修斗くんは引いたりしない……? 24歳にもなって一度もお付き合いしたことない人って」

「引いたりしないですよ。恋愛をするにも時期があるでしょうし」

「そっかあ……」

「ただ、悪い男に引っかからないか心配です。自分も恋愛初心者ではありますけど、初心者は悪い人に引っかかりやすいって言いますし」

「悪い人……?」

 いつも以上に柔和な空気を出している乃々花は、ほわわんとしたように聞き返した。


「例えば貢いでもらうために近づいたり、体目的で近づいてきたり……。後者に至っては女性が大きく当てはまると思いますから」

「か、体ってその……えっちなこと?」

「ま、まあ……そうですね」

「えっちなこと……だめだよね、そんなこと。好きな人とするのが一番いいはずだもん」

「……ん?」

 ここで違和感を覚える修斗である。会話が少しズレているのだ。


「あの、乃々花さん酔ってません?」

「まだまだ大丈夫だよ……? いつもは3杯飲めるから」

「えっ!? 3杯しか飲めないのにそんなペースで飲んだら酔っちゃいますって!」

 この時点で2杯飲んでいる乃々花なのだ。それも度数の高い梅酒はかなりのハイペースで。


「とりあえずお水飲んでください。ここにありますから」

「うん……。修斗くんのお祝い会だから酔わないようにだもんね」

 なんて立派なことを言っているが、このまま時間が経てばさらに酔いが回ることだろう……。

 出来上がりかけの姿を見てますます不安になってしまう。

 悪い男に無理やりお酒を飲まされ、悪いことをされるようなことがないのか……と。


 乃々花と目を合わせると、『なにー?』なんて言うように首を傾げている。

 お酒が入っていることで後輩っぽくなってしまった彼女に笑みを向けると、にへらと笑い返されるのだった。

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