第25話 デート?②

「初めてきた居酒屋ですけど、素敵なお店ですね。広々していてお客さんも落ち着かれていて」

「そうでしょ? 個室でもあるからゆっくり過ごそっ」

「そうですね。ありがとうございます」

 障子が立てつけられた個室。

 予約をしていたことでスムーズに入店できた二人は、堀座卓ほりざたくに足を入れ、メニューを見ながら会話を続けていた。


「あっ、先に言っておかなきゃ。注文のマナーとか気にしないで、好きなものを注文していいからね。今日は修斗くんのお祝いの会でもあるから」

「助かります。居酒屋のマナーはうといもので……」

「実はわたしもだったり」

「あはは、そうでしたか」

 美容師にも上下関係はあるが、『上司』のような厳しい上下関係は少ない。

 シャルティエは『伸び伸びとした環境で働いてほしい』との方針があるために、ほかの美容院よりも緩いものになっている。


「さてと、修斗くんはお酒なに飲む?」

「自分はレモンサワーにします。乃々花さんはなににしますか?」

「わたしはカシスオレンジかな」

 メニューに人差し指をさして丁寧に教えてくれる。


「へえ、ビールじゃないんですね? 居酒屋と言ったら最初に頼むイメージがあって」

「『ビールは苦くて飲めない』って言ったら修斗くん笑う?」

「笑います」

「じゃあ……飲める。ふふっ」

「『じゃあ』って言っちゃダメですって」

 この三文字で飲めないことがバレバレである。こちらも笑いながら簡単にツッコミを入れる。


「じゃあとりあえず注文するね。一緒に枝豆とネギチャーシューも注文しようかなって思ってるんだけど、修斗くんはどうする?」

「だし巻き卵をお願いします」

「はーい」

 注文が決まり、『すみませーん』と店員を呼ぶ乃々花。

 本来は年下である修斗の役割だが、それすらも気にしていない彼女である。


 そうして数分後。

 お酒とスピードメニューが一緒に配膳され、揚げ物やお刺身などの追加注文をした後、乾杯をして飲み会が始まる。


「やっとご飯だ……。お腹が鳴らなくてよかった」

「もしかしてお昼抜きでした? 乃々花さん」

「だよー。今日は全部の枠に予約が入ってたから、ご飯の時間が取れなくって」

 先に注文したネギチャーシューを取り分ける彼女は、パクリと食べて幸せそうな表情を浮かべた。

 かなりの空腹に襲われていたのは間違いないだろう。


「忙しい時は本当に忙しいですもんね。それでいてお客さんを待たせるわけにもいきませんから」

「プロとしての意地! みたいなのが働かない? 『絶対に待たせてやるもんかー』って」

「あははっ、共感です」

 こうした意識が客の満足度を高める理由であり、次に指名をもらえる可能性が高まる理由にもなる。

 シャルティエのスタッフは全員がプロ意識を持って働いているからこそ、今の信頼や地位を獲得しているわけである。


「ねえねえ、今日はせっかくの機会だから修斗くんにたくさん質問していい?」

「もちろん構いませんよ」

 スピードメニューを摘みながらお酒を飲み合う二人。

 場の雰囲気とアルコールを摂取していることで、普段以上に打ち解けた空気に包まれていた。


「じゃあ最初はプライベートのことについて教えてもらおうかな。修斗くん、そういったこと全然教えてくれないから」

「あっ、秘密にしてるわけじゃないですよ? ただ面白い話があるわけでもないというだけで」

「本当かなぁ。失礼な言い方をしちゃうんだけど、修斗くんは遊び屋さんだったりしない?」

「そんなことないですよ!? 休日は家から一歩も出ないですし」

「そ、そうなの……?」

「外に出るとしたら本店のサポートにいくくらいですから。基本は映画を見てのんびり過ごしてますよ」

 本当に遊び屋だと思っていたのだろう。目を丸くして呆気に取られている乃々花。


「えっと、ちなみにどうしてそう思われたんですか?」

「女性の扱いに慣れてるなーって思ったから……。ほら、わたしが車道を歩こうとした時、肩を掴んで横に動かしたでしょ? サラッとできる行動じゃないよ、絶対」

「それは職業柄ですよ。美容師はお客さんの体の一部に触れる職業でもありますし、マッサージをすることもありますし」

「うーん……。それを言われたらそうだけど……」

 橙色の大きな目を細め、可愛らしげに疑いの視線を向けてくる。

 この時、修斗は気づくのだ。

 乃々花の取り皿が空いていることに。


「あ、おかわりどうですか? 取りわけますよ」

「ありがと……」

「いえいえ」

「……やっぱり慣れてるよね!?」

「そんなことないですって!」

 強く否定する修斗だが、取り皿が空いていることにすぐ気づき。この気の利かせ方をすれば誤解されるのも仕方がない。

 タイミングが悪かったと言ってもいいだろう。


「じゃあ今まで女の子と付き合った数が多いってことだ? 修斗くんは。4回くらいチャンスをもらえたらその回数を当てられる自信があるなあ、わたし」

「ほ、本当ですか? 完全にこっちが有利な条件だと思いますけど……」

「今までの状況があるからわたしが有利だよ。チャンス4回もあるもん」

 よほどの自信があるのだろう、当たり前の顔をしてコテリと首を傾ける彼女は、可愛らしい語尾を使って断言した。


「それではゲーム的なことをしてません?」

「ほうほう?」

「もし自分の付き合った回数を当てることができれば、今日のお会計は全部自分が持ちます」

「お祝いの会なのに大きく出たねっ!? じゃあ、もしもわたしが外しちゃったら……?」

「その時は乃々花さんの恋愛事情を教えてもらいます」

「その勝負乗ったっ!」

 残り少なくなったカシスオレンジを飲み干し、決断したように大きく頷いた乃々花。

 ……緊張か、はたまたお酒に弱いのか、頬はピンク色に染まっていた。


「じゃあ言っていくよ? もし当たってたら正直に教えてね?」

「もちろんです」

 そして、賭けの勝負が始まる。


「10回」

「違います。そんな多くないですよ?」

「そ、そうやって混乱をさせる作戦でしょ……。9回!」

「違います。本当にそんな多くないですよ」

「……うう、じゃあ7回?」

「違います」

「ええっ」

 先ほどまでの自信顔はどこにいったのか、縮こまって自信がなくなっている乃々花。

『そんな多くない』のヒントを与えたことで余計に混乱を招いていたのだ。


「あと1回ですね」

「え、えっと、じゃあ……6……じゃなくって5回!!」

 最後の回答権が駆使された。


「……」

「……」

 そして、緊張を膨らませる無言を作る修斗。

 このような余裕があるということは、そういうことである。


「正解は1回です。ウブだと言っても過言じゃありません」

「へっ、ええっ!? それは絶対に嘘だよ!」

「本当です」

 律華のことをウブだとからかっていた修斗だが、実際はこうだった。


「ぜ、絶対に嘘……」

「本当です。というわけで乃々花さんの恋愛事情を教えてもらいますね」

「なっ、な……」

 と、このタイミングでお酒が進む揚げ物などのメイン料理が配膳されるのだ。


 付き合った回数が10というのは全体を見てもなかなかの少数派だろう。

 間違いなく言えるのは最初に出すような数字ではないこと。


 この数字を出す乃々花はつまり……。

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